1本からお届けします!お電話でのご注文・お問い合わせ

フリーダイヤル:0120-77-6245

今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

初めての浜松、家康、秀吉〔4983〕2016/12/06

初めての浜松、家康、秀吉

2016年12月6日(火)晴れ!

そんな訳で、昨日から浜松。静岡県浜松市。浜松市長さんのお話を聞くと、一口に地方創生、地方の活力と申しましても、地方によって随分と違いがあるんだ、ということを実感。いや、全然、違う。

浜松市の人口、ご存知ですか?
高知におりますとイメージ湧きませんが、80万人以上いるんですな、これが。高知県民より多い、浜松市民。平成の大合併以前は60万人で、周辺をかき集めて80万人になったと、言う。まあ、20万人もかき集められる、というのが、そもそも我々のイメージとかけ離れております。
三遠南信という言葉、ご存知ですか?
静岡県の西部、愛知県の南東部、長野県の南部をまたぐ地域の総称で、同一経済圏として、一緒に地方創生を行っていきましょう、というのをやっておるんですね。もはや、県という単位は意味をなさない時代に来ている、と、浜松市長は申しますが、そりゃあね、こんな地域に住んでいたらね。と、いう感想を抱いてしまいました。

とにかく、「地方」としての立場、感覚が、山と海に隔絶された地域に住む我々とは全然違うんだ。

で、三遠南信では、リニア開通による発展を期している。これは、少し意外でした。
浜松や豊橋。リニアは通らないのに。なんでも、現在の新幹線のぞみ号は、まったく止まらないのが浜松や豊橋であるが、リニアが開通して東京名古屋大阪の幹線がそちらに移動すると、新幹線は、かなり停まるようになるので、それに期待しよう、という話。前向きだね〜。

今朝は、5時に起き出して浜松城界隈。現在の天守閣は想像の産物なので興味は無いですが、その天守台は、400年の昔を偲ばせてくれる、野面積み。まだ暗いうちから、多くの善男善女が歩いておりました。ヘッドライトをつけて歩くのが、浜松の主流にかありません。

写真は、浜松城址の東にある、東照宮入り口。
東照宮そのものは明治以降に建てられた新しいものですが、この場所が、重要。戦国時代まで、お城は、ここにあった。15世紀頃築城の、曳馬城。今川氏、今川配下の飯尾氏が城主。
1568年から家康に攻め込まれ、1570年、家康はここを本拠とする。岡崎から移ってきた訳だ。

日本史上最高の土木プランナー家康は、この地の重要性を深く深く認識していたのでありましょう。武田軍が攻めてきても、この場所から移動することを拒否。で、あの、三方ヶ原の合戦で敗北する訳ですが、ここの城はなんとか守りきる。それが、その後の家康勢力の伸張につながる訳で、駿府に移るまでの17年間を過ごしたこの地は、日本の歴史を動かした場所である、とも言えます。

今、浜松市内には「井伊直虎」の幟旗が林立。来年の大河ドラマで取り上げられる、女性戦国武将、井伊直虎は、この北部の領主でありました。

そうそう。秀吉。
武士になりたくて行商しながら主君を探していた、若き日の秀吉は、浜松の豪族、松下嘉兵衛に出会う。で、この写真の場所、曳馬城主飯尾家の宴会で、猿のモノマネをして大受け。で、松下家への奉公が許された、と言う。そういった意味でも、ここは、日本史を動かした場所。

浜松は、我々の持つ「地方都市」のイメージとは、全然違いました。昨夜食べた浜松餃子、浜松ホルモン、遠州焼きは、美味しかったです。


←前日の日記2016年12月の日記翌日の日記→

HOME今日のにっこりひまわり

日記検索

年月別過去ログ

年のクリックで月を表示・非表示します。月をクリックすると記事一覧を表示します。

2026年

2025年

2024年

2023年

2022年

2021年

2020年

2019年

2018年

2017年

2016年

2015年

2014年

2013年

2012年

2011年

2010年

2009年

2008年

2007年

2006年

2005年

2004年

2003年

サイトマップ

facebook  instagram  x