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天神様の裏の細道〔5111〕2017/04/13

天神様の裏の細道

2017年4月13日(木)快晴

良いお天気。雲ひとつ無く晴れ渡った、春の朝。良い一日になりそうな、心地よい朝。

写真は久々の潮江天満宮。本殿の裏手、大山祇神社が鎮座まします小山へとつづく、小径。右手がその小山。正面にお月様。お月様の下に、競輪場兼陸上競技場である龍馬スタジアム。午前4時半の、暗くて静かな小径。
この小径が、大山祇神社の参道。このところ風が強いので、落ち葉がたくさん。天神様の裏の細道。

この潮江天満宮さん、手水舍から楼門へと向かう途中、潮江用水を渡る小さな橋を通ると、センサーが働いて、「通りゃんせ」が流れ始めます。もう、ずっと以前から。
こんな早い時間に「通りゃんせ」が流れると、近所迷惑になりゃあせんかと気になる。そこで、僕は、橋の隅っこを静かに歩いて渡ります。そうすれば、センサーが働かず、音楽が始まらないことを、最近発見したから。

ところで、「通りゃんせ」。
不思議な歌詞ですよね。調べてみますれば、この不思議な歌詞が成立したのは江戸時代。で、その歌詞に、あの特徴的な曲をつけたのは、本居宣長の子孫、本居長世さん。たぶん、大正期に作曲しちょります。
「通りゃんせ」を歌いながらやる、あの、遊び。今の子はやるんでしょうかね。僕らは、やった記憶、あります。この「通りゃんせ」と「かごめかごめ」は、子供心に、なんか、歌詞に対しての怖さみたいなのを感じていたと思います。
日本的な霊性を感じ取っていたのかも、知れない。不思議感満載の歌詞。

「通りゃんせ」の歌詞については、色んな解釈や、色んな説が提出されてますね。ネットで見ると。

通りゃんせ 通りゃんせ ここはどこの 細道じゃ 天神さまの 細道じゃ
ちっと通して 下しゃんせ 御用のないもの 通しゃせぬ
この子の七つの お祝いに お札を納めに まいります
行きはよいよい 帰りはこわい こわいながらも 通りゃんせ 通りゃんせ

今でも完全に覚えてますよね。この歌詞。
通って出るのは簡単だが、帰りに通る際には取り調べが厳しい、とされる「関所」説。この説は、少し味気ない。
怖い説では、人柱説もあります。これは考えすぎの捻りすぎでしょう。埋蔵金説もね。そりゃあ、そうだったら面白いけど。

ウィキでは、一番有力説として、こんな風に書いてます。
「しかし、どうやら、この歌は大飢饉が起こった時に、村の人達から尊敬されている、神社の神官が、食料を捧げないと、お前の大切な子供を食べてしまうぞ、という意味が込められているようである。」
なるほど。

その他、「この子の七つのお祝いに」という歌詞に注目して、独創的な解釈をしている人も発見。それによりますれば、七五三が関係してます。子供が七つになるまでは「神の子」。一人前の人間ではない。で、七歳になると、神社にお参りに行き、「氏子」として認められるようになる。そうなると、「人間の子」ということになる。
七つのお宮参りへ「行く」までは、神の子。そしてそこから「帰る」ときは、もう、人間社会の一員になっている。人間社会は、いろんな嫌なこと、嫉妬、挫折などがある。こわいことが、たくさん。
怖いこともあるけど、頑張って生きていこう、と、背中を押してくれている歌。そんな解釈。
なるほどね〜。

真相は闇の中ですが、この最後の解釈は、なんか、深い。
そんな解釈をすると、この天神様の裏の細道も、違う風景に見えてくる気がします。


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