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山崎圭次さんのDNA〔5315〕2017/11/03

山崎圭次さんのDNA

2017年11月3日(金)晴れ!

で、今日も横浪。こないだは横浪半島で仕事があって行ってましたが、今日は浦ノ内。宇佐から西へと細く長く切れ込んだ浦ノ内湾の、北岸。

なんか、このところ、この界隈に縁があります。善き哉善き哉。

今日は浦ノ内の、光松地区。ここに、山崎技研さんの養殖場があるのであります。いや、正確に言えば、海産用稚魚の種苗生産。まあ、ざっくり言うと、養殖に使う稚魚を繁殖し、育てる事業だね。これを、公的機関ではなくて民間事業としてやっている、極めて珍しい形態が、ここ、山崎技研の水産事業部。このビーカーの中には、生まれて6日目の真鯛の子が、います。

そう。幾度かこのにっこりでもご紹介してきた、山崎圭次さんが創立した山崎技研さんは、現在、工作機械メーカーであると同時に、高知の自然を利用した環境負荷を軽減させるための水産事業なども、成功させてます。

あの、浦戸湾を守る会を立ち上げて「生コン事件」を起こし、江ノ口川や浦戸湾水系に美しい水を取り戻すきっかけをつくってくれた山崎圭次さんのDNAは、こんな形で生きていた。

 

浦ノ内湾の光松で思い浮かべるのはグリーンピアだ。

グリーンピア土佐横浪。今となっては悪名高い年金福祉事業団が、公的年金資金を使って全国につくった大規模リゾート施設「グリーンピア」の一つ、グリーンピア土佐横浪。ありましたありました。

まさにバブルの頃に計画された、バブル遺産の無駄な施設の典型例。

もちろん運営がうまくいくはずもなく、2004年に破産してますね。できた頃、弊社も商品を届けたりしてましたが。

で、グリーンピア土佐横浪には竜地区と光松地区がありました。竜地区は、こないだご紹介した蟹ヶ池に界隈。そして光松地区が、ここ。つわものどもの、夢の跡、だね。

そこで今、山崎技研さんが、山崎圭次さんのDNAを受け継いでの、環境負荷の少ない海産用稚魚の種苗生産をやっている。そう。そっちの方向が、正しい。この美しい浦ノ内湾の自然と人間がどうかかわるか。こっちの方が、絶対に正しい。そんなことを思いました。

 

この地形。

細長く切れ込む浦ノ内湾は、高知県の中央部が南海トラフ大地震のたびに沈降していることに由来すると思います。高知の城下町の平野ができたのと、同じ理由だ。

横に長い横浪半島は、プレートの沈み込みによる盛り上がり。ブラタモリ高知編で、高知大学の橋本先生が、マーガリンを使ってやってましたよね。あのマーガリンのシワシワが形成したのが、横浪半島。

室戸や足摺が隆起するのは、あの地下に、大きな火山由来の変成岩がどかんと存在しているから、とかいう説もあるそうだ。それが、プレートによって押されるのを我慢するうちに、隆起していく。室戸と足摺が、我慢するので隆起。

我慢する重しがない高知の中央部は、プレートの沈み込みに影響されて沈降する。そんな感じなのかな。素人なので、妄想です。

 

浦戸湾の、西孕と東孕の間の狭い場所。東西に走る山地が、あそこでペッキりと折れたように途切れ、それがあるゆえに、高知の城下が太平洋とつながった。

素人が暴論を承知で申しますれば、室戸と足摺を両手で持ち上げたら、真ん中がペキっと折れた。そんなイメージかも知れません。専門家の先生、ごめんなさい。

ともあれ、この美しい海も、そんなプレート運動、地球の大きな営みのなかで、つくられたもの。そこに、ヒトの金で、大規模リゾート施設をつくって大きな借金を抱えて破産。そして地道で理想の高い試みにより、この風景が新しく醸し出されてきた。

良い方向へ、向かってます。間違いなく。

 

山崎圭次さんの遺伝子。

例えば、ここでやっている事業の中で、クロダイやメジナの繁殖。これは、浦戸湾や浦ノ内湾に放流するだけ。そう。それが商売に直接つながるわけでは、ない。費用と手間をかけ、放流するだけの事業。普通に言えば、単なる道楽だ。それをやる、会社。もっと未来を見ているんだ。僕らが暮らす地球の、未来。あるべき姿。

そんな想い、遺伝子を、体感できた、良い文化の日。素晴らしい、文化の日の過ごし方。


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