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堀詰の風景、みそラーメン〔5349〕2017/12/07

堀詰の風景、みそラーメン

2017年12月7日(木)晴れ

冷やい。冬の朝。

写真は、昨日撮影した場所から、中島町の通りを西進した、堀詰の南。中央に植え込みのある、広い南北の道。

この広い道はいつ頃からあるのか。地理院地図の航空写真で、1961年~64年というのを見てみると、あります。そう。僕らが子供のころには、既にありました。

単体写真になるけど、戦後間もなくの1947年10月の航空写真を見ると、ない。この航空写真(高解像度で見てくださいね)、実に良い風景が写ってます。往時の堀川がハッキリクッキリ。

現在の大丸さんの場所にはリベラル劇場。その脇を流れる堀を北上すると、土橋だ。ブラタモリでやったやつね。有名になりました。

大丸前から西へ堀を遡ると堀詰。そこからは直角に折れて南につながり、再び西へと伸びている堀川がキレイに見えますね。まだ焼け野が原からの復興途上で、空き地も目立つ高知市内。

 

今朝の写真で、南北の堀川はどこを流れていたのか検証すると、この左側ということがわかります。植え込みとトーエイパーキングの間。この植え込みから東には、家が並んでいる。

僕が生まれる頃、南北の堀を埋める際に、その住居の並ぶエリアも含めて道路になり、現在の姿になったということがわかります。

手元に、昭和4年に作成された「高知市堀詰南部方面現住者図」という住宅図があります。これを見ると、この左手、現在トーエイパーキングになっている場所には野村組通運部。

そしてその西側に土佐電気株式会社。堀詰電停から、こちらに引込み線があり、まさにこの写真の場所で西へカーブして、土佐電気の車庫、修繕庫に入っていた、土電の電車。

こんな場所に車庫がありました。今、ビジネスホテルとかがある辺りか。

 

植え込みにある高札は、地名説明板。ここはかつて、要法寺町であった、という表示。今は堺町。

要法寺町という地名は、もちろんここに日蓮宗要法寺さんがあったから。

とは言え、要法寺がここにあったのは1687年まで。火災で焼失した為、筆山北麓の現在地に移転してます。藩政期前期には、もう、要法寺はここになかった。

でも、300年以上経過しても要法寺町という町名は残りました。

僕らが子供の頃に、ここにラーメンの豚太郎要法寺町店ができ、そこで初めて食べたみそラーメン。衝撃的でした。もやしもたっぷりで。

 

豚太郎はフランチャイジーで、愛媛にもあるんですが、久万の豚太郎でみそラーメンを頼んだら「にんにくをお入れしてよろしいですか?」と聞かれたのにビックリしました。当たり前やないか!

高知の豚太郎では、わざわざ「にんにく抜きでお願いします」と頼まない限りは、普通に自動的ににんにくがたっぷり入ってきます。みそラーメンとはそういうものだ。どうでも良いけど。

 

要法寺町という名前を見ると、パブロフの犬のように、子供の頃豚太郎要法寺町店で食べたみそラーメンの味を思い出します。もう、50年近く経つというのに。

話は変わりますが、こないだのHi-Sixリレーマラソンの模様、弊社Facebookページに、今年入社のSさんがスライドショーにして上げてくれました。上手いもんですね、これ。スマホで、ここまで編集したそうです。若い人たちは、僕らにはできないことが、簡単にできます。ああ。


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