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瀬戸内海、瀬戸大橋と太古の民〔5350〕2017/12/08

瀬戸内海、瀬戸大橋と太古の民

2017年12月8日(金)小雨模様

うって変わって暖かい朝。小雨模様。今朝は汽車に乗って本州方面へ。

朝6時高知駅発のJR特急南風は、アンパンマン列車。車両全体にアンパンマン関係の塗装が施されてます。でも、あのアンパンマン列車特有の「こんにちは!ぼく、アンパンマン!」という車内アナウンスは流れません。

早朝列車には子供も乗ってこんきでしょうかね。知らんけど。

 

写真は、その車内から撮影した瀬戸内海。

この風景を見ると、いつも、ここが海でなかった時代のことを想像してしましますよね。しませんか?

ほんの、2万数千年前。ヴュルム氷期の最寒気に、海水面は今から100m以上も低かった。瀬戸内海の平均水深は30mそこそこなので、完全に、陸地。徒歩で渡れた瀬戸内海。でも、そこには大河が流れていました。

広島市を流れる太田川は、豊後水道を通って太平洋に流れ込む大河。西古瀬戸内川。岡山市を流れる旭川などは、東へ流れ、紀伊水道を流れて太平洋へ。東古瀬戸内川。

瀬戸内海の水深を見ると、東の方が浅くて西の方が深い。これは、西の方が陥没が進んだからと言われてますよね。陥没が進むと、児島半島西側に流れ出る高梁川も、西へと流れはじめ、太田川と合流して西古瀬戸内川を日本一の長さを誇る大河にしていったと言います。

瀬戸内海は、干満の差が激しい海。燧灘などでは、2m以上の干満の差がある。なので、潮の流れが非常に早い訳で、それが鳴門の渦潮を生み出したり、巻き上げられたプランクトンで豊かな漁場が形成されてきたりした。で、気になるのは、満潮から干潮になるとき、どの辺りから西へ潮が引き、どの界隈から東へ引くのか。必ず、そんな境目があるはずだ。そしてそこは、比較的、潮の動きが遅いはずだという想像が、できる。

たぶん、その場所は、この橋の少し西くらいだと思います。西古瀬戸内川と東古瀬戸内川の分水嶺が、その場所になると思うから。

その川は結構広い大河だったと思うので、人類が歩いて本州から四国に渡ったその時代、分水嶺であるこの辺りを歩いた可能性が一番高いのではないか、と、思う。わざわざ大河を苦労して渡らんでも、分水嶺なら歩いて行ける。

 

高知で最古級の人類が暮らした遺跡は、奥谷南遺跡。2万年前。

そこに人が住むようになったのは、歩いて、本州から四国へやって来れるようになったからですよね、間違いなく。

児島半島から塩飽諸島界隈を歩いて、坂出辺りに歩いた人々。現代の瀬戸大橋ではないか。

 

2万数千年前に人類が歩いて来たルートを、今、汽車に乗って一気に渡る。

ヒトの流れ、モノの流れが、同じ場所を通っているという不思議。

江戸時代の北山越え参勤交代ルートが、高知自動車道のルートと重なったり、人類が本州から四国へ渡ってきたルートが瀬戸大橋になったり。

意外なほど、過去の文脈を踏襲しているかも知れない現代社会。

 

さあ。太古の民とは反対に、四国から本州へと渡ってお仕事お仕事。


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