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反実仮想〔5785〕2019/02/16

反実仮想

2019年2月16日(土)曇り

反実仮想。

以前、加藤嘉明が本拠の城を天山に築いていたら、という話を書いたこと、あります。家康に築城の許可を申請した際、第一候補とされてたのが天山らしい。今の天山交差点の南東。家康によって勝山(今の松山城の山ね)が指定されたので、その南に城下町が形成され、今の松山中心街につながった訳だ。

もし天山が松山城だったら、その地形を見れば城下町は天山から西に形成されていただろうと想像できます。そしてその城下町の中心は、ここだ。椿さん。

 

昨日の夜、やって来ました。松山市。写真は早朝の椿さん。正しくは伊豫豆比古命神社。松山市民に椿さんとして親しまれている延喜式内社。古い古いお宮さんであることは間違いない。未明の闇に浮かび上がる椿さんの幻想的な風景が美しい。

歴史にifがあったなら、というのが反実仮想で、もし、天山が松山城であったなら、その城下町は椿さんを中心に広がってただろうな、という妄想。

 

早朝松山を出て香川県の坂出へ。今、坂出駅から乗ったマリンライナー車内で、このにっこりを書いてます。今日の目的地は鳥取県。もちろんお仕事です。

 

少し鉄道ネタが続くけど、今日もやってみます。鉄道反実仮想。

東海道線が全通したのは明治22年と、昨日、書きました。でも実は、東京大阪間の鉄道は中山道ルートで計画されてました。ご存知でしょうか。理由は、東海道だと船舶と競合になって厳しいかも知れない、ということと、海岸線ルートは外国に攻められやすい、ということらしい。特に後者は、陸軍がかなり強硬に主張していたそう。

結局、山岳ルートは難工事が続く為に、明治19年になって東海道ルートに変更された、という史実。

 

東海道ルートと中山道ルート。昔は、どちらも甲乙付け難いルートだった。これは、幕末に和宮が江戸へ下る際に中山道ルートを通ったことからもよくわかります。

 

もし、中山道ルートがメイン鉄道だったら。

東海道線ではなくて中山道線が走り、その沿線は産業が発展して人口も増えてたんだろうか。静岡県みたいに。風光明媚な伊那盆地が、もっと人口の多い、産業都市が並ぶエリアになってたんだろうか。伊那とか飯田とか中津川とかね。想像してみると、面白い。中山道新幹線が走ってたりして。

ちょっとしたことで、歴史の風景が全然変わってしまいます。

東海道も遅かれ早かれ幹線にはなっただろうから、中山道線と東海道線の併用で産業構造が構築されていったのかも知れません。まあ、僕ら高知県人にはどうでも良いけどね。中央リニア新幹線も、まあ、どうでも良い。

 

高知県人が妄想して楽しいのは、そもそも計画されてた松山と高知を結ぶ鉄道ができてたら、とかね。愛媛と高知が、もっともっと近い関係になっていたかも知れない。

 

歴史のifは、結構楽しいです。さあ。汽車は間も無く岡山駅へ。汽車ぢゃなかった、電車だ。


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