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紀夏井、父養寺、あじさい〔5904〕2019/06/15

紀夏井、父養寺、あじさい

2019年6月15日(土)雨

週間予報に反して、今日は朝から雨。そろそろ梅雨入りだと思います。で、梅雨には紫陽花がよく似合う。

今朝、出勤時に、香南市野市、父養寺(ぶようじ)のあじさい街道に寄ってみました。午前5時のアジサイ街道は美しく静かに雨に濡れています。今日明日は、たくさんの善男善女がアジサイを観に訪れるんでしょうな。父養寺のあじさい街道。

 

父養寺という地名は、近くの母代寺(ぼだいじ)と同じく、紀夏井という人物にまつわる地名。などという話は、このにっこりで幾度してきたことか。まあとにかく、9世紀中頃に活躍した、名門紀氏一族の人格者ね。紀貫之は10世紀に活躍する人物なので、それよりも、前。紀氏の系図を見てみたら、同じ紀氏でもかなり離れてますな、こりゃ。

 

夏井さんは、応天門の変の際に、異母弟の逮捕に連座して土佐へと流された人物。だけども、その当時に赴任していた肥後とか、その前に赴任してた讃岐とかでの評判が極めて高く、清貧にして高潔、しかもかなり知的な人物であったらしい。

土佐へ流されてきて住んだのが、物部川東岸の丘の上。史跡として屋敷跡がありますね。

母代寺は、土佐で亡くなった母の亡骸を安置し、夏井さんが朝に夕に弔ったという場所。亡き父の供養も誠実におこなったので父養寺。いかんいかん。何回も書いてるので今日はやめちょこうと思ってたのに、ついつい書いてしまう紀夏井伝。それだけ気になる人物では、あります。

 

どんな人物だったかというと、こんなの。なんだこりゃ。こんなんでわかるか!という感じではあるけど、ウィキによると、身長は190cmくらいあったと言います。ホントか?

 

土佐へ配流された人物ということで重要な人物といえば、弓削浄人。ゆげのきよひと。奈良時代、称徳天皇の寵愛を受けて専横を振るった、かの弓削道鏡の弟ね。称徳天皇が崩御されるや否や、道鏡は失脚し、弟の浄人も、太宰師から土佐へ遠流となったのでありました。11年間家族とともに土佐に住み、赦免されて帰っていった浄人。でも、土佐での行動などは、なにも記録に残っていない。

残っていないと言えば、源頼朝の実弟源希義も、頼朝伊豆配流の際に、土佐へ流されてたけど、土佐での行動はわからない。

 

日本書紀に載ってる、677年(天武六年)の屋垣王(彼もまた太宰府の最高責任者だった)土佐配流に始まって、数々の貴人が土佐へ流されてますが、日記を残した紀貫之を別にして、土佐に一番の評判と足跡を残したのは、紀夏井さんかも知れませんね。薬草で住民に治療を施したりして、人々に慕われたという夏井さん。

この絵はあんまりやけど。

その夏井さんの人徳は、「母代寺」「父養寺」という地名となって今に残り、そして父養寺あじさい街道の美しい風景は人々を楽しませてくれているのであります。

 

やっぱり最後は人間性でしょかね。


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