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紀貫之さんの邸跡、平安時代の国衙、そして源希義さん〔905〕2005/10/07

紀貫之さんの邸跡、平安時代の国衙、そして源希義さん

2005年10月7日(金)曇り

こうなりましたら、南国市史跡シリーズ3連発でいきましょうか。

昨日、一昨日のにっこりで、源希義さんが平家方に討たれた場所と、そこから500m北にある「へんろ石」をご紹介しました。で、更にそこから約1km北へ行きますと、平安時代の土佐のお役所(国衙)と、その長官である国司の邸址がございまあす。昨日もご紹介しましたが、土佐国司として赴任して来た紀貫之さんが、ここから京へ帰る際に書いたのが「土佐日記」。

で、その国司館があった場所が、「紀貫之邸跡」として整備されちょります。

写真右手の樹々が植えられちゅうところがそうです。紀貫之さん編纂の古今和歌集の歌が書かれた木札がたくさん立っちょりまして、歴史を感じさせる風情です。ここから東へ300mのところには、「比江(ひえ)廃寺跡」がありまして、塔の礎石が残されちょります。日吉(ひえ)神社が近くにありまして、中央との関係の深さが偲ばれます。この礎石は、土佐唯一の白鳳時代の建物の礎石。貴重なもんです。

ところで、一昨日ご紹介した、源希義さんが夜須へ向う途中で討たれたとされちゅうのが写真左端、小山の麓です。で、源希義さんが、平治の乱の後で流されて来て蟄居させられちょったのが、国司館跡の松の木と松の木の間に遠く見える山の麓の介良(けら)という場所。そしてここが国衙。位置関係はこのようになります。建物の少なかった昔は、すべて一望のもとに見えよった訳ですな。一昨日の場所での戦闘も。この国衙からは丸見えやったことでしょう。

夜須は、はるか南の海沿いを東へかなり行かなければなりません。色んなことが想像できて楽しいですね。「現地」で歴史を見るのは、この感動や想像の膨らみがあるき楽しいがです。


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