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雁切橋、薫的和尚の話〔1564〕2007/07/28

雁切橋、薫的和尚の話

2007年7月28日(土)あづい~!

しかしあれですな、今日の暑さは半端ぢゃあございません。これぞ南国土佐の夏の日差し、てな感じのお日様ギラギラ高知市内でございます。今朝は、朝っぱらから照りつける陽光の下、鏡川から神田(こうだ)界隈をたつくりまわって来ました。朝っぱらから滝の汗。心地よかったです。

ここは鏡川、紅葉橋の上から筆山方面を眺めた景色です。ここで鏡川は大きく左に蛇行しちょりまして、そのおかげで広い河川敷が出来ちょります。蛇行の内側の広いエリアが縄手町。で、川沿いは広い河川敷で、現在では公園になっちょります。

以前にもお話ししましたが、この紅葉橋は、昔「雁切橋」と呼ばれよりました。この辺りの鏡川を「雁切川」と呼びよったきです。藩政期、この河原に処刑場があり、首が晒されたがに由来します。ここに首を晒された有名人には、幕末の、あの人斬り以蔵、岡田以蔵さんなどがおりますが、藩政期初期の、あの「薫的(くんてき)和尚」もその一人らしいです。元々長宗我部氏の菩提寺やった、土佐で一番格式の高い曹洞宗の名刹瑞應寺の住職やったがですが、山内氏が掛川から同じ曹洞宗の真如寺を引き連れて入国してきたので、その寺格をめぐって揉めました。二代藩主山内忠義さんが亡くなった際の戒名について、真如寺がつけた戒名に異論を唱え、スッタモンダの末に入牢、食を断ち、舌を噛むというすさまじい最期を遂げたのが「くんてきさん」こと薫的和尚さん。罪人として、ここ雁切川の畔に晒されたそうです。その後、洞ヶ島に祀られ、現在まで土佐の皆さんに尊崇されよります。和尚さんが祀られちゅう神社、とういのも珍しいがやないでしょうかね。

今朝はここから神田(こうだ)方面へ抜け、坂本龍馬ゆかりの和霊神社にお参りしてから帰ってきました。こぢゃんと暑気持ちよかったです。夏は暑いに限りますな。


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