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仙台城趾、心無い俗吏、という表現〔2598〕2010/05/27

仙台城趾、心無い俗吏、という表現

2010年5月27日(木)仙台は曇っちょります

てな訳で今朝は仙台。宮城県の仙台。昨日の夜、大阪経由の飛行機でやって来ました。高知大阪も大阪仙台もボンバルやったので、結構揺れてコタいました。仙台空港に着いて、気温が10℃というがにビックリ。昨日の高知はたぶん30℃近い気温やったと思いますきに、寒う感じました。街行く女性はコートを着いちょります。

今朝は仙台お約束の青葉城。伊達政宗公騎馬像前。ご覧の通り、今、仙台ではツツジが満開。高知ではとっと前、1ヶ月くらい前終わっちょりますきに、これもビックリですな。

ここは仙台城趾。この周辺には、あの偉大な魯迅さんとか、寛政の三奇人の一人と言われた林子平さんとかの記念碑があります。

林子平さんが、小笠原諸島を小笠原貞頼さんが1593年発見して小笠原群島と命名した、ということを書物に書いちょったので、これが唯一の証拠となり、太平洋戦争後、日本の領土となったがやそうです。子平さん、国防の必要性をこじゃんと説いた本を書いた為、国際情勢に蒙い幕府に、世を惑わすとして本の版木を没収され、禁固されました。その時に詠んだ歌があまりにも有名。「親もなし 妻なし 子なし はん木なし かねもなければ 死にたくもなし」。こじゃんと酢が効いちょります。

さて、この、伊達家が藩政期の間ずうっと居城とした仙台城は、広瀬川の西岸の山にあります。中世の頃からお城が築かれちょったようですが、関ヶ原の後、伊達政宗公が主となり、大きなお城を築きました。いや、天守閣はなかったそうで、巨大な本丸御殿を中心としたお屋敷の数々は、それはそれは立派やったそうです。

この本丸御殿があった詰の段に、だいぶ前に建てられたらしい「仙台城の歴史」という案内板があります。それによりますれば、仙台城は、初め千体城、後に千代城と称して、島津氏が陸奥守として居城にしたそうです。伊達政宗公がそれを仙台にした訳ですな。で、藩祖政宗公以来13代、270年にわたってその壮大な建物群は残され、明治に至ったが、「心無き俗吏によって破却せられ」たりして全滅した、と書かれちゃあります。「心無き俗吏」とは、観光案内板にしてはなかなかキツイ書き方。以前から気になっちょったがですが、よう考えてみたらわかりました。そう。仙台藩は奥羽越列藩同盟ですもんね。明治維新の際のいわゆる賊軍。支配者となった薩長(土佐もはいったりするのでありますが)から賊軍のレッテルを図らずも貼られ、こじゃんと悔しい思いをした仙台藩。我々が正史と思うちゅうのは薩長史観で、戊辰戦争で討たれた側からみたら、とんでもない見方やったりします。この「心無い俗吏」という書き方には、その辺の悔しい思いが込められちゅうがですね、たぶん。


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