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望月亀弥太さんとひまわり牛乳の受箱〔2609〕2010/06/07

望月亀弥太さんとひまわり牛乳の受箱

2010年6月7日(月)曇っちょります

昨夜の龍馬伝では、望月亀弥太さんがこじゃんとクローズアップされちょりましたね。龍馬さんと一緒に勝海舟の神戸海軍塾に学びながら、そこを脱出して京の攘夷派強硬路線に同調、池田屋騒動に遭遇したという亀弥太さん。一時は脱出したが、重傷で逃げれんと観念して切腹したといわれちょります。

身分は白札ですきに武市半平太さんと一緒、上士と下士の間くらい。住んじょったがはこの界隈らしいですけんど、はっきりした場所は特定されちゃあせんにかありません。

と、申しますのも、ここは土佐郡小高坂(こだかさ)村でした。しゅっと南に江の口川が流れ、その南は高知の城下になる訳で、お城下については、かなり詳細な住宅地図がありますきに概ね家の場所が特定できるがですけんど、小高坂村になると、ちくとはっきりでんがでしょうか。

しかし、土佐郡小高坂村とはいえ、龍馬さんちからはちっかいです。龍馬さんちから電車通りを西進、2つめの信号を右折して北上、梅田橋を渡ってしゅっとの信号を左折するとこの界隈。ここを更に西進した山の手に坂本家の墓所があり、その北西には平井収二郎さんちもあるという、幕末土佐の重要人物ゆかりの場所が結構かたまっちゅうエリアですな。

亀弥太さんは、龍馬伝でも描かれちゅうように、なかなかの「慷慨気節の士」やったようで、その人生からは溢れ出るような気概、信念が感じられます。近藤長次郎さんと同じく、明治まで生き抜いちょったら新政府でかなり活躍したと思われる亀弥太さん。

この街は、狭い道路を路地が迷路になっちょりますが、大きい由緒ありげな家が多いですよね。とりわけ、門構えが立派な家が多いのに、ちくと驚きます。で、その街を撮影しよったら、写真左隅に黄色い受け箱が。おう。ひまわり牛乳の受け箱ではありませんか。

なかなかエイ街です。


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