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海辺の久礼八幡宮と津波〔2906〕2011/03/31

海辺の久礼八幡宮と津波

2011年3月31日(木)快晴!

良いお天気が続きます。桜も随分と咲きました。

ここは土佐久礼。中土佐町の中心地で、こないだ、須崎からの高速道路が開通したばっかし。この久礼には、久礼八幡宮さんが鎮座ましましちょりまして、その大祭は、ひまわり太郎も一度来たことがありますが、こじゃんと盛大で賑やか。

しかしこの八幡様、地震津波で何度も大被害を被っちょります。向こうに海が見えゆうがでもわかります通り、この八幡様は海に面しております。そして高台に鎮座しちゅう訳でもありません。

向こう側の鳥居の向こうに、平成16年に建てられた「地震津波に備えて」という看板があります。これを読むと、背筋が凍ります。その内容をご紹介します。

この八幡様と久礼の町を襲うた大津波が記録されちゅうのは、1707年の宝永南海地震のもの。津波の高さは約10mで、町分の三分の二が海中に没したそうです。この八幡様に逃げた人達も、皆、流されて亡くなったとのこと。この際、八幡様は柱一本残さず流されたそうで、それ以前の棟札などの記録も流失、神社の縁起とか過去のことが一切わからんなってしまいました。

その147年後の安政南海地震の津波は約8mとされ、現在の八幡様の社の絵馬に波がかかったそうです。が、宝永の時みたいに、全部流された訳ではないみたいです。この、安政大津波について、古老が、「若いきゆうて足腰が強いと過信はせられん。ゆっくり逃げよったら流されるぞ。元の浜から波が立って田んぼを大波が来て、近くの山に逃げ登るときには、はや、波が足下まで来ちょった。地震が揺ると、へんしも近くの山に逃げんといかん」と伝えちょります。

昭和21年の南海地震では、人的被害はなかったものの、久礼の町の半分は浸水したそうです。

言い伝えでは、この八幡様、14世紀後半の明徳期に記録があり、15世紀半ばの嘉吉期に建立の記録が残り、16世紀初頭の永正年間に再興の記録もあります。これは、1361年の慶安南海地震や、1498年の明応地震に関連しちゅうかも知れません。たぶん、1605年の慶長南海地震津波でも、被害を受けちゅうことは想像できます。何度も何度も津波に襲われながら、何度も何度も復興してきたと思われる久礼八幡宮。地震が発生したら山へ逃げることを前提に、ここに、鎮座し続けていくがでしょう。海にかける人々の想いが感じられる話です。

それにしても、その、平成16年に建てられた津波警告看板は、たいしたもんです。このような、古老の体験談を、皆で共有することの重要さ。


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