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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

サンシャインシティと、巣鴨プリズンと「永久平和を願って」〔3596〕2013/02/18

サンシャインシティと、巣鴨プリズンと「永久平和を願って」

2013年2月18日(月)東京は晴れ!

今朝は東京。池袋界隈に泊まっちょったので、池袋巣鴨界隈をたつくってきました。築地RUNするには、ちくと遠い。

池袋といえばサンシャインシティ。サンシャイン60という超高層ビルは、昭和53年開業。小生が学生で東京へやって来たがが昭和55年。開業2年目やった訳ですね。もちろん日本一高いビルでした。観光名所でもありました。
当時は、サンシャイン60が、いったいどんな場所に建てられたものなのか、などという興味は一切なく、ただ、都会を象徴するすごいビル、という認識しかありませんでした。そこが東京拘置所、そして巣鴨プリズンの跡地であることを知ったのは、ずっとずっと後になってから。

巣鴨プリズンは、終戦後、戦犯を収容し、処刑も行われた場所。そこで、7名のA級戦犯と53名のBC級戦犯が絞首刑になっちょります。もちろん死刑にならなかったたくさんの戦犯も、ここに収容され、過ごしました。最後の受刑者が釈放されたがは昭和33年5月30日。小生生まれる3年前。池田勇人首相が、もはや戦後ではない、と述べたのは昭和31年の経済白書やった訳ですが、ここ、巣鴨プリズンは、まだ戦後ではありませんでした。

ここに戦犯が居なくなる2ヶ月前まで収容されていた元海軍大佐、実松譲氏が書いた、「巣鴨獄中記」というのを読んだ事があります。
それによりますと、BC級戦犯については、死刑になるかならないか、いつ処刑されるのか、一切知らされないそうです。ある日、突然呼び出され、そして処刑。ですから、いつ、どうなるやらわからない、という非常に緊張した精神状態が続く訳です。釈放についても、もちろんいつ行われるのか、誰が行われるのかわからない。突然のことであったらしいですね。

巣鴨プリズンが解体され、その跡地が再開発され、サンシャインシティになったのはご承知の通り。

写真は、東池袋中央公園。その公園の中に、この記念碑がたちます。向こうにサンシャイン60。
「永久平和を願って」
この記念碑が、ここが巣鴨プリズンであったことを示す、唯一のもの。碑の裏には、このような文面。

 第二次世界大戦後、東京市ヶ谷において極東国際軍裁判所が課した刑及び他の連合国戦争犯罪法廷が課した一部の刑が、この地で執行された。
 戦争による悲劇を再びくりかえさないため、この地を前述の遺跡とし、この碑を建立する。
昭和53年6月

そう。この碑がたつ場所は、巣鴨プリズンの中でも、絞首台が置かれた刑場。プリズン当時の見取り図と、現在のGoogleマップを重ね合わせてみますと、まさしく、ここ。ここで、60名の処刑が行われました。

この碑を建てることに関しては、色々と意見が交わされ、紆余曲折あったようです。ただ、思想的にどうであれ、ここに巣鴨プリズンがあった、そこで戦犯が処刑された歴史を、キチンと伝えていき、平和を希求することは大切。

この地に「巣鴨プリズン」という文字は、どこにも、まったく、残されちょりません。


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