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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

上岡八幡宮の戦争痕跡〔3619〕2013/03/13

上岡八幡宮の戦争痕跡

2013年3月13日(水)曇り

ここは今朝の野市、上岡八幡宮さん。夜が明け始めた時刻。シャッター時間を遅うして撮影しました。

こないだうちから、ここ、上岡八幡宮の山に、戦争末期に掘られたトンネルのことを何度かご紹介しました。米軍の上陸作戦に備え、この山を防御拠点のひとつにしょうとしちょった痕跡。

ここは、海軍高知航空隊の飛行場の近く。物部川の対岸に位置します。ですきに、当然、米軍の爆撃にも晒され、上岡地区でも犠牲者がでたことは、以前にも書きました
しかし、ホントに迂闊でしたが、この上岡八幡宮さん自体にも、米軍攻撃の痕跡がたくさん残されちゅうことを知りませんでした。まことに迂闊。こんなに毎朝お参りし、戦争遺跡についてもあちこち調べたりしゆうくせに。

戦争末期にこの山に掘られたトンネル、壕の発掘成果を説明する現地説明会が、専門家と、地元の詳しい方を交えて開催されたのは、この1月のこと。しかし、どうしても外せん用事があって、小生、やむなく欠席しちょりました。それで、その時に説明された重要な事項を聞き逃しちょったのでありました。
ネット等で調べますと、ひまわり太郎にとって衝撃の事実が。

例えば、2010年10月5日のにっこりでご紹介した、参道の端っこの鳥居の脚。あれは、近くに爆弾が落ちて、その衝撃であのような姿になったものやそうです。そう言われてみれば、なるほど、通常の状態であんな感じに「破壊」される訳はない。地震とかやと、柱ごと倒れてしまうでしょうし。

そしてこの写真。今朝、撮影しましたが、以前はこんな感じでした。玉垣が、途中で折れちゅう。それも、たくさん。これも、米軍攻撃の爆風で折れたものにかありません。そう言われて今一度玉垣を眺めてみますと、どの辺に爆弾が落ち、どのような衝撃が走ったか、わかるような気がしてくる、そんな壊れ方。う〜ん、迂闊でした。よく考えてみれば、大正年間の玉垣が、こんなに壊れちゅうはずもない。毎日見よって、そんなことにも気付かんかったとは。

教訓。
いつも見る当たり前の風景。そこには、自分が知っちゅう以上のことは無いという、根拠のない確信があります。あまりにも日常過ぎて。ところが、そこには、まだまだ自分の知らない事実が内包されちゅうことが多い。こじゃんと多い。いや、知っちゅうことの方が圧倒的に少ないがかも知れません。
これから、風景を、そんな目で眺めていこうと思いました。いや、風景とかだけではなく、普段の生活、仕事の中にも、そんなことが多いがやないでしょうかね。反省反省。

上岡八幡宮について言えば、2011年1月27日にご紹介した西参道。物部川から上がってくる参道痕跡。昔、あそこに渡しがあったので、西岸の氏子さんたちは、渡し船に乗り、その参道からお参りしよりました。その鳥居や燈籠の痕跡は、激しく壊れちょります。そんなに古い訳ぢゃあないのに。あれも、正しく、米軍爆撃の痕跡かも知れません。新しい所見がどんどんと増えていきます。


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