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五台山竹林寺、真言宗、天台宗〔4613〕2015/12/02

五台山竹林寺、真言宗、天台宗

2015年12月2日(水)曇り

高知新聞に、「コラムの寄り道」という連載があります。今は「親王の残像」というシリーズで、平安初期、嵯峨天皇の皇太子であったものの薬子の変に巻き込まれて皇太子を廃され、その後、数奇な運命のうちに空海の弟子となって信仰の道を極めた高岳親王(たかおかしんのう)の軌跡を綴ったもの。高岳親王は、土佐にもやって来て、清瀧寺に五輪塔を建てたという伝説もある人物。
仏教を極める為に唐に渡り、修行。そして天竺を目指して出発し、消息不明となる。すごい人生だ。

同時期に唐に渡ったお坊さんに円仁という人物がおります。今朝の「コラムの寄り道」は、その円仁の話。円仁は天台宗の僧。で、何度も唐へ渡ろうと苦労を重ね、最後の遣唐船に乗って唐に渡り、840年、文殊菩薩の聖地、五台山に至ったのであります。そこで円仁が感動のあまり涙した、というお話。途中、帰国命令が出てそれに逆らったり、不法滞在で天台山への旅を続けようとしたり、天台山は諦めて五台山に目標を変更したり、と、まあ、すごい艱難辛苦の末、帰国して延暦寺の発展に尽くすことになった円仁。

唐の五台山は有名で、その円仁入唐より1世紀ちょっと前、聖武天皇が五台山に登って文殊菩薩を拝んだ夢を見て、行基さんに、五台山に似た山容の山を見つけるように、と指示したのであります。で、行基さんが見つけたのが、土佐の五台山。当時は大島でしょうか。
そこで、その山にお堂を建て、文殊菩薩を安置した、というのが竹林寺さんの始まりとなっちょります。
こういった経緯から、竹林寺さんは天台宗のお寺であった、ということになります。今朝のコラムには、今は四国八十八ヶ所の霊場で当然真言宗である竹林寺さんが、天台宗から真言宗に変わった経緯も書かれちょりました。江戸時代初期。
勢威が衰えていた竹林寺を再興したのが空鏡上人。空鏡上人は、二代藩主山内忠義さんの覚えめでたく、水害の絶えなかった藩主の居城、河内山城を、高智山城にしよう、と提案した人物。空鏡さんがいなければ、高知県も高知市もなかった、という人物ですな。

その空鏡上人が、竹林寺は、「五代前までは天台宗であった」と証言しちゅうそうです。で、弘法大師をお祀りするお堂が欲しい、と、忠義公に訴え、その際に真言宗に改めた、と、今朝のコラムに書いちゃありました。境内の日吉神社さんは、天台宗のお寺であった痕跡である、とも。なるほど。天台宗と真言宗と言えば、かなり激しい勢力争いがあったとされる宗派ではないか。なかなか興味深い話ですね、これは。

四国八十八ヶ所、88あるお寺さんで、文殊菩薩をご本尊としちゅうのは竹林寺だけ、という話を聞いたことがありますが、そういう訳か。
ただ、竹林寺さんは、唐突に真言宗に変わった、ということではありません。実際、弘法大師は五台山を訪れ、荒廃した堂宇の修復などを行うちゅうと言います。縁もゆかりもありました。

四国八十八ヶ所の巡礼スタイルができあがって行き、修行者のみならず、一般人も盛んに巡礼を始めたのが、藩政期初期。
空鏡上人が、巡礼ルートに入る為にも真言宗であるべきだ、と考えたのであれば、それは無理もない話。まったく無関係であった訳ではないので。
写真は、五台山のてっぺんを南側から見上げたもの。NHKの鉄塔の横に竹林寺さんの五重塔。あの五重塔の横に、太子堂があります。

それにしても、高岳親王や円仁の生涯を俯瞰してみると、言葉では言い表せない凄まじさを感じさせてくれる。時代の波に翻弄されながらも、自分の信じるところを突き進む。それは、自分の為ではなく、人々の幸せの為。自分の命を投げ打って。

こんなことができる人間が、どれだけ居るのだろうか、と、考えさせられてしまう人生。
高知新聞の連載には、このにっこりにも再々登場する宇佐、真覚寺日記を読み解きながら幕末の世情を紹介するものとか、興味深いものがどっさり。こういう読み物は、人生を豊かにしてくれます。朝から、良い時間を過ごさせてくれるコラムに感謝しましょう。

いつか、自分でものったりまったりそんなコラムを書いてみたいもんだ・・・


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