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イノシシと煙草〔4623〕2015/12/12

イノシシと煙草

2015年12月12日(土)晴れ!

昨日もヌクかったですが、今日もね。お日様の下なら、半袖でもかまんばあの暖かさ。汗をかきながら久々に南嶺をたつくって来ました。

色々と用事があって、家を出たのは10時前。さあ。どこから駆け上ろう。
藪漕ぎには良い季節になりました。どっからでも登れるぞ。

まずは、家から六泉寺トンネルの出口のところまで走ります。で、宇津野山の方へ行こうか、深谷の方へ行こうか、と考えました。が、どちらもやめちょいて、六泉寺の西側の山へ駆け上ってみることにしました。
手元に戻ったiPhoneで、地理院地図を見てみると、山頂まで山道がありそうだ。

そんな訳で、六泉寺トンネル北出口の東側、マンションの裏手の道へ。おう。狭い狭い山道だが、セメントで舗装されちゅう。その道は、どんどんと登っていく。道の脇には民家。
そう。車では上がっていけん山の斜面ですが、かなり高い位置まで、家が建っちゅうがです。石垣を築いて。これは、昔からある家々なんだと思われます。標高100mの山の7号目くらいまでは、道もセメントで、家がある。そこから上には、かつて畑であったと思われる、石垣で整備された農地が続く。今はもう、ほとんど、田畑ではなくなった山。

少なくとも戦争前後。食糧難の時代には、南嶺のかなり広い部分が農地になっちょったと言います。酸性土壌で、豊かな農地にはならんかったかも知れませんが、水は豊富に湧いておったかも知れない。
藩政期はどうやったんでしょうか。
たぶん、今と同じように山の上まで人が住み、農地となっちょったのではないか、と思われます。それか、この下の潮江などで急激に開発された新田に供するための草肥を採るための草山であったのか。どちらにしても、今のように樹々が鬱蒼と茂る山ではなく、遠くから見たら禿山みたいに見える山であったと思われます。そう。今の高見山みたいな感じでしょうか。

この、六泉寺の西側の山は、そんな古い営みの痕跡がたくさん残る山。
とは言え、尾根を進んでおりますと、途中は四国電力さんの鉄塔保守の方しか通らんような、鬱蒼とした箇所もあります。

やっぱりね。少し探検気分がないと、この季節の山は面白うない。ので、わざと、藪が深い方の道へ入っていって南嶺を満喫した土曜の朝。

その尾根。てっぺんの部分に少し開けた場所がありました。狭い畑。小屋。そして、このような檻。おう。イノシシの罠だ。
そう言えば、同級生のM君に、この界隈でイノシシに遭遇した話を聞いたことがある。地面にも、イノシシが掘り返した痕跡。まだ小生は遭遇したことはないが、イノシシが生息する山であることは間違いありません。どこで何を食べゆうんでしょうね。

ここから少し藪を漕いだりしながら西へ西へと駆け登っていくと、突然、某高校の校舎の横に出たではありませんか。ホントに突然。山のてっぺんに建つ高校。高校の裏手。
今日は土曜日で、学校はやりよります。授業中。ふと、敷地隅の物置の裏手を見ると。おう。男子学生が煙草を吸いゆうではないか。小生を見つけて、すっ飛んで逃げていった少年2人。
なんか、懐かしい風景だ。
今時、煙草を吸う高校生。居るんだね。かなりの希少人種だと思われます。そんなに不良っぽくも見えんかったので、ドキドキするのが目的なのかも知れません。
なんか、山でイノシシに遭遇するより珍しいものに遭遇してしもうたような、そんな感慨に浸ってしまいました。

その高校から一気に鷲尾山頂へ。休まず山頂を駆け抜け、神田で駆け下って久々のぽかぽか温泉。ぽかぽかはぽかぽかで、良いです。ひまわり青汁「菜食健美」も自販機で売りゆうし。ビールも飲めるし。
まるで春のようなぽかぽか陽気の日差しが差し込むバスに乗って、ひねもすのたり、モンて来ました。さあ。今から会議だ。


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