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高知大学の地層図と地層〔4830〕2016/07/06

高知大学の地層図と地層

2016年7月6日(水)晴れ!

お暑うございます。昨夜は遅くまでお街で飲んで帰りましたが、帰ってからシャワーを浴びんと寝れんくらいにネットリした気温と湿度でした。いや、善き哉善き哉。

さて。
今朝は、用事があって高知大学朝倉キャンパスに来ちょります。
弊社の近くにあるのは、高知大学物部キャンパス。元海軍高知航空隊の敷地。その敷地は、戦後、高知空港や高知高専、そして国立高知大学農学部になりました。で、こないだうちから学部の改変があって、現在は農林海洋科学部。まあ、皆、今でも農学部と呼びますけんどね。

ここ、朝倉キャンパスは、元陸軍歩兵第44連隊があった場所。戦後、国立高知大学のキャンパスになった。で、ここも最近学部改変が忙しく、人文社会科学部とか地域協働学部とか、新しい名称ができちょります。まだ改変は終わってなくて、今度は理工学部という名前もできる予定。
なかなか大学も、生き残りをかけて大変な努力をしているところです。高知大学は、地方大学としては、かなり頑張っている方だとは思います。

高知大学理学部は、地震研究なんかでも有名。南海トラフ大地震の研究については非常に先駆的な研究をやっておるのはご承知の通り。
四国は、日本列島がプレートの沈み込みによる付加帯でできあがっていることがハッキリとわかる地層になっちょります。このところ、このにっこりでも幾度もご紹介してきた、四国の地層。

で。
ここは、理学部1号館。玄関を入ったところに、サイエンスギャラリーというのが、ある。様々な岩石の展示などがあり、床にはこんな、素晴らしい地層図があるんですね。ご存知でありましょうか。さすが高知大学理学部だ。
四国の地層が詳細に描かれ、どこにどんな地質になっちゅうのか一目瞭然。良いですね、こんなの。家に欲しいぞ。

ところで、この朝倉キャンパスの地質はどんなになっちゅうのか。
いつもの地理院地図で見てみよう。地理院地図、情報リストの主題図から、土地条件図
おう。なるほど。
鏡川が四国山地から運んでくる土砂が堆積した扇状地だ。弊社や高知大学物部キャンパスが、物部川の扇状地にあるのと同じ。
比較的固い地盤の扇状地。標高も、意外に、高い。10mくらいあります。
扇状地は、高知大学の南、若草町の南で終わっており、そっから南や東ははん濫平野だ。地盤も柔らかい。標高も、6〜7mくらいになる。

つまり。戦争中、軍の施設は、意図的に地盤がしっかりしていて、なおかつ広い平らな場所を選んで造られたのか。
ここに陸軍歩兵第44連隊があった当時、南側の若草町界隈は練兵場でありました。練兵場も、扇状地の上。なるほど。

で、この地理院地図をよく見ると、鏡川の旧河道が判ります。かつて、鏡川は、今よりもかなり南を流れていた。高知大学正門前界隈が本流であった時代もあるにかありません。
そうか。
大学正門を入った東側に大学本部があり、その東側に池があります。
戦争中、大学本部の場所は連隊本部があり、その東に池と庭と神社があって、その池に面して将校クラブ。将校クラブは学生ラウンジと講師宿泊所になり、池はそのまんま、今もある。

連隊本部→大学本部
将校クラブ→学生ラウンジ、講師宿泊所
庭と池→庭と池
と、今の使い方が陸軍歩兵第44連隊の使い方を継承している、というのが、面白い。
その池は、ここをかつて鏡川が流れていた痕跡かも知れません。今も旧河道には伏流水が流れ、それが、湧出しているのが、その池でしょうか。
連隊をここに駐屯させるに際し、自然の池を利用して庭をつくり、その横に連隊本部や将校クラブといったお偉いさんが過ごす場所とした。

大学本部が現在地にあるのは、昔、正門前を鏡川が流れていたという地学的要因に規定されちゅうのかも知れません。ああ。また妄想が暴走する・・


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