1本からお届けします!お電話でのご注文・お問い合わせ

フリーダイヤル:0120-77-6245

今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

田野と教育〔4926〕2016/10/10

田野と教育

2016年10月10日(月)秋晴れ!

今日は体育の日。10月の第二月曜日が体育の日になったのは、2000年からのことにかありません。しかし、僕たちにとっては体育の日と言えば10月10日だ。間違いなく。
で、今年の10月は第二月曜日が10日なので、とてもすっきりする10月10日の体育の日。

そもそも、昭和39年10月10日に東京オリンピックの開会式が行われたので、昭和41年から国民の祝日としたのだそう。今日も良いお天気ですが、僕が3才の時の10月10日も良いお天気でした。覚えてないけど。

この、スポーツ日和の時期に開催されたのが東京オリンピック。しかし、次回の東京オリンピックは真夏なんですな。理由は知りませんが、アメリカのテレビ局の都合だとかなんとか、色んな説がありますな。まあ、ランが趣味の僕に言わせると、真夏なんぞは言語道断。何故?と思います。
まあ、過酷さを競う競技も人気だったりするので、オリンピックもそちらに行く、というのならわかりますが。8月の都心で100kmマラソンやってみろってんだ、こら。
興奮してはいけません。

今日は、田野。酪農家さんに用事があって、やって来ました。せっかくの10月10日なので、ごめんなはり線の汽車に乗って、安田町の唐浜駅下車。そこから、安田の街並の中を走る。安田川を渡り、大野台地へと上る道路を駆け上がると、土佐鶴さんの大きな工場。大野台地の上にあります。
大野台地は、以前、飛行機の上からも撮影したこののある洪積台地。洪積台地ですが、堆積した後、かなり隆起しているので、今後気温が上昇して海水面が上昇しても、もう、海水面より下に沈むことはない、そんな洪積台地。

その大野台地から田野の街に駆け下り、高知県立中芸高校へ。高校の門の脇に、こんな標柱。
「安藝郡奉行所並田野学館趾」と赤い文字で刻まれた標柱。そう。
ここに、安芸郡奉行所が置かれたのは、幕末の嘉永六年(1853年)。東西145m、南北109mの土地を造成し、役所、武道館、獄舎が建てられた、とされます。ここは、田野の街を見下ろす小高い丘の上だ。地理院地図の土地条件図で見てみると、洪積台地。大野台地と同じ時期に形成されたものと思われる、洪積台地。

その台地の上に建てられた役所には、翌年安政元年に、藩校田野学館が併設されたのでありました。
ここには、武市半平太も出張指導にやって来ており、中岡慎太郎を教えたりしている。中岡慎太郎は、北川から歩いて、田野学館へ通うたのでありました。

田野から、清岡道之助などの維新の志士が輩出した理由に、この学校があったことが挙げられるのは当然と言えば当然。やはり、何をおいても教育だ。

ここに藩校をつくる、という決断をしたのは誰だったのか。そこに、武市半平太を出張させたのは誰か。そこには、深い意図があったのか。
ここに田野学館がつくられなかったら、土佐の歴史はかなり違ったものになったであろうし、恐らくは日本の歴史も違った道をたどったかも知れません。

そんな史跡、安藝郡奉行所並田野学館趾は、ここにあります。


←前日の日記2016年10月の日記翌日の日記→

HOME今日のにっこりひまわり

日記検索

年月別過去ログ

年のクリックで月を表示・非表示します。月をクリックすると記事一覧を表示します。

2026年

2025年

2024年

2023年

2022年

2021年

2020年

2019年

2018年

2017年

2016年

2015年

2014年

2013年

2012年

2011年

2010年

2009年

2008年

2007年

2006年

2005年

2004年

2003年

サイトマップ

facebook  instagram  x