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Y字路には訳がある〔5174〕2017/06/15

Y字路には訳がある

2017年6月15日(木)快晴!

それにしても良いお天気。梅雨入り宣言した気象庁の担当者、今頃、どんな気持ちなんだろう。別にカマンけどね。

昨夜は、お客様を迎えて高知の街で飲んでました。結構飲んでしまったので、今朝はいつもよりかなりの朝寝坊。で、通常よりはかなり遅い時間に町を自転車で走っておりましたら、幾人かの、散歩している知人に遭遇しました。「あら、早いですね~!」と声を掛けられる。いや、いつもより1時間半ばかり遅いんですけどね。自分の生活リズムが一般の皆さんとは違うんだ、ということを改めて思い知る、そんな朝。

昨夜飲んでおったのはこの界隈。ここは、大丸前。大丸東館の前から、西の方角を撮影しました。Y字路だ。

 

このにっこりでは、幾度か、Y字路について書いてきました。Y字路で有名なのは兵庫県西脇市で、横尾忠則さんが、西脇市に多いY字路をテーマにしたアートを展開しているのは有名。2012年1月26日のにっこりで、ご紹介してます。

西脇市には何故、Y字路が多いのか。このページを見ると、わかります。通常の町の道路の碁盤に、斜めに道路が走るとY字路がいっぱいできる。あと、楕円形の地形に碁盤の道路をつくると、端っこにY字路ができる。

でも、Y字路というのは結構特殊で、街中に出現する場合はちゃんとした歴史的背景があったりします。Y字路にはワケがある。なのでY字路は魅力的。魅力的だと思いませんか?

 

以前、天神町の「千年辻」について考察しました。あの千年辻もY字路。元々、東西の道があった。そこに、新しい道路がつくられ、古い道から新しい道が分かれる部分がY字路になった。しかも、その新しい道路が作られたのは菅原道眞公千年祭が行われた明治35年頃。その道路は潮江天満宮脇を通る新しい道路だったので、新しくできたY字路を千年辻と名付けた、てな話。

Y字路にはワケがある。

 

そしてこのY字路。ワケがある。

その向こう、つちばしというお蕎麦屋さんの所を、南北に流れる堀がありました。戦後間もなくまで。右手の道で言うと、居酒屋DONの手前。その、DONの手前の、道路が盛り上がっている部分。何度もご紹介してきましたね~。堀川が流れ、そこに土橋が架かっていた痕跡だ。

戦後、堀川が埋め立てられ、土橋は、橋ごと、地中に叩き込まれたと言います。なのであそこが盛り上がっている。その堀川は、藩政期、上級武士が住む郭中と、商人や下級武士が住む下町をはっきりと区画する境目の、堀川。

往時、郭中、帯屋町を西から東へ進んでくると、堀川に突き当る。川沿いに左折し、少し北に架けられていた土橋を渡って東へ。その道はまっすぐ紺屋町へとつながっていた。そんな風景。この右側の道は、その当時からの、道。

戦後、南北の堀が埋め立てられ、帯屋町は埋め立てられた堀の部分を直進するようになる。直進する新しい道ができ、土橋から紺屋町への古い道と、ここで合流。

そう。左の新しい道が、右の古い道に合流する部分が、Y字路。千年辻と同じ理屈だ。

 

向こうの盛り上がりにも理由があり、お蕎麦屋さんの名前にも理由があり、そして、このY字路にも理由があった。

普段、何も気にせず通っている道の風景も、その都市の歴史の文脈の上にあることがわかる。それを実感できるのが、このY字路。

なんて魅力的なY字路なんだろう。そう思いませんか?思いませんか?


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