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藪の中の加賀爪直澄さん〔5338〕2017/11/26

藪の中の加賀爪直澄さん

2017年11月26日(日)曇ってます

夜明け頃は、少しお日様も出てました。が、雲が多くなり、午後からは雨の予報も。もう、冬が近い高知。ですが、五台山の紅葉はもう少し、というところでしょうか。竹林寺さんの紅葉も見事だし、麓の、吸江寺さんのお庭も素晴らしい。もうちょっとで見頃。

冬といえば藪漕ぎシーズン。山中を、藪漕ぎしながらたつくるのは、冬に限ります。遮る植物も少ないし、虫も少ないし、蛇もね。僕は、そんなに蛇が好きではないので、やっぱし、藪漕ぎは冬だ。そろそろだね。

 

そんな訳で、肩慣らしに、朝のうち五台山。藪漕ぎの肩慣らし。

最近全然走ってなかったので、ちょっと平場を走ってから五台山。「伊達兵部墓所」という案内板が指し示す山道を一気に駆け上がる。

この道は、左右に、たくさんのお墓。それも古くて立派なのが多い。山内とか深尾とかの姓が見える大きなお墓もたくさんあるので、筆山に次ぐ墓所であったことがわかる、五台山。

伊達兵部さんの墓は立派ですね。このにっこりでも幾度かご紹介しました。NHK大河の「樅の木は残った」でも有名だし、歌舞伎「先代萩」にも登場する伊達兵部。伊達政宗公の九男。

一関三万石の城主だったこともあって、一関市長や岩手県知事による植樹まで、ありました。

お墓には花が供えられ、キレイに整備されている。説明板もあるし、史跡の標柱もある。

そこから少し山中へ。薮を漕いで入っていく。

こないだの台風でしょう。大きな樹々が折れて倒れたりして、道を阻む。その奥。墓石の立派さでは、伊達兵部さんにも負けてない。でも、周辺環境は対照的に荒れ果てた、そんな墓所。

そんな藪の中に静かにたたずむのが、こないだ少しご紹介した加賀爪直澄さんの、お墓。

写真左奥の藪の中に、立派な墓石が見えます。

 

伊達兵部さんが土佐へ流されたのが寛文十一年(1671年)。で、亡くなったのが延宝七年(1679年)。加賀爪直澄さんが土佐へ流されたのが延宝九年(1681年)なので、ほとんど入れ替わりだ。土佐藩も、次から次へと身分の高い流人を受け入れんといかんかった訳で、なかなか大変。

加賀爪直澄さんが土佐で亡くなったのが貞享二年(1685年)。

ウィキによりますれば、正式な墓所は領地であった高坂藩庁の跡にたつ高済寺にあるそう。埼玉県東松山市。

ここの墓のことは、ウィキには載ってない。

けど、当時のことを考えると、埋葬されたのは間違いなく、ここでしょう。その場所は、今は藪の中。

 

ここから山を下っていくと、吸江。吸江寺があり、五台山でももっとも風光明媚と謳われた場所だ。

ここにこの立派なお墓が建てられた当時は、この藪はなく、浦戸湾の絶景が見張らせていたのだろうか。きっと、そう。素晴らしい見晴らしであったはずだ。

いつしか、樹々が生い茂る。

幡随院長兵衛グループと水野十郎左衛門グループの争いを題材にした芝居には必ず登場した加賀爪直澄さんは、五台山で人知れず静かに眠っています。

 

五台山の山中にはたくさんの道があり、多くの墓所、史跡が散在します。一人静かに山中を歩く。藪漕ぎする。歴史を体感でき、静かに考えを巡らし、瞑想できる山。


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