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緑色片岩の石垣〔5545〕2018/06/21

緑色片岩の石垣

2018年6月21日(木)小雨

今朝は徳島。昨日、業界の寄り合いでやって来て、泊まってました。今朝は4時過ぎに起き出して、徳島城の城山界隈をRUN。4時半にはもう、明るみ始めた城山から下りてくるウォーキングの方がいらっしゃいます。

徳島城は、元々渭山城とか渭津城とか呼ばれておった平山城。その名が示す通り、山の下は、すぐに海につがなる交通の要衝でもあったでしょう。眉山と海の間。標高61m。まあ、藩政期の城としては理想的な立地だと思う。

 

で、地層は、眉山に連なる三波川変成帯。この、20万分の1日本シームレス地質図を見ればわかる通り、四国でも一番幅の広い地層群である、三波川変成帯。ジュラ紀から白亜紀にかけて、砂岩や泥岩、チャート、玄武岩質溶岩などが低温高圧の条件下で変成した変成帯。

眉山などでは、特徴的な緑色片岩が露出してますよね。そして徳島城の城山でも。

この城山、標高61mと、高知城の44.4mよりも少し高い。けど、それだけの差が、山の深さにかなり影響していて、雰囲気が全然違います。この城山には原生林が残り、深山の趣きを漂わせている。「入ってはだめ」と看板が立っているけど、森の中、たつくってみたいですな。良い山です。

 

それはともかく緑色片岩。山のあちこちに、緑色片岩の巨岩が露出する山。なので、石垣にも、その緑色片岩が使われてます。平べったい感じの石を横に積んだ、野面積み。

同じ野面積みでも、高知城の野面積みとは随分様相が違います。高知城の石垣は、基本、チャート。太平洋の彼方で海底に沈んだ放散虫などのプランクトン化石が運ばれてきて、陸上プレートに付加されたものだ。皆さんお馴染みの、チャート。高知城に慣れ親しんだ僕らにとって、お城の石垣と言えばチャートの風景なんですね。で、角の部分はこんな感じの算木積み。直方体を、長い方、短い方、交互に積み、強度を高める算木積み。

ここ、徳島城の石垣は、平べったい緑色片岩を積んでいるけど、角の部分はやはり算木積み。

高知城はチャート。徳島城は緑色片岩。では、松山城や高松城は、と言いますと、言わずと知れた花崗岩。領家帯の花崗岩帯が瀬戸内海沿いに広がっているので、石垣の素材は花崗岩だ。

整理しよう。

高知城は、秩父塁帯南帯の、チャート。

松山城、高松城は、領家帯の、花崗岩。

そしてここ、徳島城は、三波川変性帯の、緑色片岩。

 

花崗岩は細工しやすいので、打ち込みはぎや切れ込みはぎと言った。隙間のないビシっとした石垣が組めるけど、緑色片岩でそんなことできるのかどうなのかは、知りません。ここは、野面積み。

 

山から下って外周を走ってましたら「城山の貝塚」という説明版を発見しました。大正11年に、地元出身の鳥居龍三博士らによって発掘された、縄文後期~晩期の貝塚なんですって。4000年~2300年前。

そして、ほぼ完全な屈葬人骨1体を含む3体の人骨が出土したと書いてます。すごい。

酸性土壌の日本では、地中の骨はすぐに溶けてしまって残らないのですが。緑色片岩がアルカリ性系の岩石なのかどうなのかは、知らない。どうなんでしょうかね。

貝塚の、貝殻の炭酸カルシウムが溶け出して、埋葬地をアルカリ性にしていたのかも知れませんね。いずれにしても、貴重な貝塚がありました。

 

今朝は、お城の石垣で、四国の地層を体感してきました。同じ四国でもこんなに違うのは、同じ四国でも地層が違うから。

同じ四国でも、歴史、文化、自然環境、そして地質も様々。昨日は四国四県、集まってましたが、やはり、様々。だから、面白い。


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