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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

飲酒運転の時代〔5663〕2018/10/17

飲酒運転の時代

2018年10月17日(水)晴れ

下の写真は、今朝、出勤途中に撮影した葛島橋。西詰の歩道橋の上からの、写真。歩道橋。かつて、僕らが子供の頃にたくさん架けられた歩道橋。交通戦争と呼ばれ、どんどんと自動車の交通量が増えて交通事故が多発していた時代に、架けられました。

時は流れ、今は、高齢者も増えたし歩行者優先の考え方も浸透してきて、歩行者にとってとても不便である歩道橋は撤去される動きが始まってきている、と聞きます。

高知にも、たくさんの歩道橋がある。自動車に乗っていると気がつかんけど、本当に、たくさん。今となっては撤去して、信号にした方が良さそうなのも、ある。

 

でも、ここ、葛島橋西詰の歩道橋は、歩道橋でなくてはなりません。もしここが信号になったら、電車の通行を最優先するのだとすれば開かずの信号になってしまう可能性、ありますきんね。

 

左にとさでん交通の電車の橋。右側が国道32号線南国バイパスの、橋。その右に、五台山。電車の鉄橋の向こうに見える小山が葛島。かつて、高知の市街地が海だった頃、浦戸湾七島の一つに数えられた葛島。現在は小山になり、てっぺんはこんな感じだ。そこでも書いたように、昭和21年の南海地震でも「命山」となって周辺の皆さんの避難場所となり、貴重な水源ともなった葛島。その時には他所に住む個人の所有だったので、それではいざという時に大変だ、ということで、地域の皆さんがお金を出し合って購入した、という葛島。そんな歴史、今、この近所に住む皆さんはご存知なのだろうか。

 

311年前。1707年に発生した宝永南海地震。その地震と津波の状況を、土佐藩の役人奥宮正明さんが纏めた報告書「谷陵記」には、五台山から葛島(桂島)のことを、こう書いてます。

五台山  潮ハ山マデ 家ニモ

吸江   上ニ同ジ

八頭   潮ハ山マデ 家ハ軒ヲ浸シ冬ヲ終テ干落ザレバ 居民所ヲ失ヒ 山處穴居ノ有様 目モアテラレズ

桂島   上ニ同ジ

 

南海地震のたびに、「命山」となって住民の皆さんの命を救ってきた、葛島。

ここに橋が架けられたのは、明治33年のこと。介良村、大津村方面へ新道を通すために架けられました。電車の橋が開通したのは明治43年だ。それにより、随分と高知の風景も変わったと思う。

 

で、この写真。上に開いた本は、平成元年、高知市政100周年を記念して発刊された写真集「高知市・まちと人の100年」。その中に、興味深い写真記事がありました。

電車が川を渡る鉄橋といえば、ここ葛島橋と、鴨部へ渡る鏡川橋ですよね。その鏡川橋を、酒酔い運転の自動車が渡ろうとして立ち往生している風景が、この写真だ。説明書きによると、昭和41年6月6日。僕はまだ、聖泉幼稚園へ通ってた時代。「70mほど迷走して立ち往生」とあるので、その酔っ払いは、電車軌道の橋に乗り込んで70m走ったという訳だ。

確かに、鴨部界隈の道路幅は狭くて、電車軌道の上を自動車が走る仕組みにはなってます。今でも。

往時の航空写真を見てみると、電車の橋は、車道の橋の西側に架かってます。この写真を車道から撮影したものだと考えると、この車は、鴨部から本宮町方面へと北進してます。鴨部の電車軌道の上を走っていたその酔っ払いは、そのままの勢いで電車の鉄橋に突入、70m走って止まった、ということか。すごい。

 

家で「おきゃく」して、その勢いで「お街」へ行こうとしていたのかね。今では考えられないくらい、飲酒運転が横行していたその時代。みんな、平気でしたもんね。

いけません。飲酒運転はいけません。


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