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今日のにっこりひまわり

山田〔6125〕2020/01/22

山田

2020年1月22日(水)晴れ

今日は、山田で新年会。「香美地区酪農部新年会」という名前になりました。去年までは、たしか、「JAとさ香美酪農部新年会」だったと思います。高知県内のJAが大合併して高知県農協となり、JAとさ香美がなくなったので、こんな名前になりました。んだと思う。

場所は「味心」。役場の南西。しゅっと。あ、役場と書いたけど、今は香美市役所でした。土佐山田町役場ではなくて。

 

でも、香美市も広くて、前の香北町とか物部村とかも香美市だから、やはり僕らにとって「山田」は「山田」。土佐山田。JRの駅も土佐山田駅だから、「今日は香美市で新年会」とは言いません。「今日は山田で新年会」。飲まんといかんので、高知から汽車に乗って、土佐山田。

この車両、土佐くろしお鉄道の車両ですよね。たぶん、僕の知識では9640系。9640系が、土佐山田行きで走るんだ。知りませんでした。

 

さて。昔、山田には集乳所がありました。そしてそのまた昔。

 

戦前、長岡郡と香美郡では、酪農と乳処理が少しだけ行われておりました。この記事で紹介した「野市 安岡牧場」もそのひとつ。で、安岡牧場他、いくつかあったと思われる殺菌処理場は、昭和13年、政府による統制経済のもとで後免駅前の加工施設に集約された、と、野市町史」に記されているそうです。それがたぶん「香長ミルクプラント」。

戦争が激しくなると、日章にできた海軍飛行場、基地へ食料品などを納める軍納組合ができ、牛乳も必要そされたなかで酪農業が、確立していったという歴史。

 

そんなこんながあり、長岡郡、香美郡は、高知でも有数の酪農地帯として発展していったのでありました。高知牛乳食品が、高知市南与力町の工場が市街地の中で手狭にもなった為、日章の地に大きな工場を建設したのは、そんな歴史、産業、経緯がそこにあったからなんですね。

 

規模は小さいながらも、たくさんの酪農家さんがいた、香美郡、長岡郡。

僕が入社して製造部で働いてた頃、毎朝、山田の集乳所から、2t保冷車満載の2斗缶が運ばれてきてました。これを一本一本下ろして、計量秤に流し込む作業が、なかなか大変。缶の蓋を、専用のハンマーみたいなので叩いて開けるのも、なかなか大変。山田のトラックが受乳場に入ってくると、腕の筋肉が打ち震えてましたねー。プルプルと。

 

酪農家さん、減りました。あれから劇的に、軒数、減りました。でも、生産の総量は、減ってません。小さな経営の酪農家さんが姿を消し、大規模な、そして規模拡大を実現した酪農家さんが、残ってきたから。

でも、この地域は市街化が進んでるので、道路建設に引っかかったりして止むなく廃業される酪農家さんも、いらっしゃいます。

やる気があっても、なかなか移転先が見つからない。今の酪農は、そんなに臭いもしないけど、やはりイメージなんでしょうかね。地元の同意が得られず、移転できなくて廃業、というケースもありました。残念。

 

でも、そんな中でも元気よく、若手の酪農家さんたちが頑張っています。今、県内でも、元気な酪農家さんが多いのは、香美郡、長岡郡。戦前からの歴史が、今も連綿と引き継がれ、新しい形で発展している地域。

 

さあ。そんな酪農家さんたちと、今から、山田の味心で大宴会だ。汽車に乗って、出陣!


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