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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

農人町の長手積み〔6349〕2020/09/02

農人町の長手積み

2020年9月2日(水)晴れ

台風、気になります。9号もやけど、10号が不気味。被害がないことを祈るばかり。

台風10号と聞くと、高知の、僕ら以上の世代は、昭和45年の台風10号を思い浮かべると思います。僕は、追手前小学校3年生の、夏休みでした。幾度もこのにっこりで書いてきたように、あの台風は雨がすごくて、市内一円、水浸しになりました。南与力町の僕の家も、浸水。家の前の道をボートが走っていたのを、思い出します。浦戸湾の高潮被害がすごかった、台風10号。

 

あの後、高知の風景が随分と変わったと思います。まだ珍しかった水洗便所が、あの台風をきっかけに増えたと思います。理由は、聞かないでね。

そして、浦戸湾と浦戸湾水系の護岸。あの台風まで、高知は水辺の町で、海と陸がくっついてました。海と陸の抜き差しならない関係。ただ、あの頃は江ノ口川の汚染を中心に汚れがひどかった。なんとなく、昭和の頃の風景を美化してしまう風潮があるけど、いろんなものが経済発展の犠牲にされてた、ひどい時代でもあったこと、忘れちゃいけません。で、高潮とかで浸水した高知の町は、それはそれは汚かった。水害後、町のあちこちにゴミの山ができて異臭を放ち、夏の暑さが追い討ちをかけて、すさまじいことになってました。今みたいにボランティアはやって来ないから、みんな、後片付けが大変。帯屋町も全部つかりましたきんねー。

 

そんな反省のもと、浦戸湾沿いや浦戸湾に流れ込む河川には、大きな堤防が築かれることになったのでした。例えば、それまでは若松町の海岸に停泊する船に、岸壁から乗降できるようになってたけど、それも叶わなくなりました。

高知の町は、農人町や若松町で浦戸湾とつながっていたのが、そのつながりがブツリと切られた感じ。それが、あの台風10号がもたらした、大きな変化だったと思います。

 

ここは今朝の農人町。

農人町という町名の由来についてはここを読んでもらうとして、藩政期後期から明治、大正、そして昭和にかけては、堀川を大動脈にした物流の拠点として栄えた、農人町。なので、今も、海運会社や倉庫が、その名残を伝えております。その農人町に、その古き良き時代を思わせる、素敵な建物が、今もあります。

ひとつは土佐倉庫。以前、土佐倉庫さんについては、書きました

そして村田建材店さん。こんな感じ。建材を運ぶのにも、堀川沿いという立地が便利だったんでしょうね。この赤く塗られた漆喰の建物は、農人町でも一際異彩を放ってます。

その東に、村田本店さん。「船具、ロープ、船舶検査用品、塗料」と看板にありますから、やはり農人町ならではの商売。その建物、東から見たのが、今朝の写真。そう。この建物の壁面は、赤煉瓦で積まれているのでした。

 

こないだから、イギリス積みの橋脚フランドル積みの橋脚などをご紹介してきたけど、この壁面は長手積み。よくご覧ください。こちらに向いてるのは、レンガの長い方の面ばかり。こういう積み方を、長手積みと言います。

ツーツーツーツー

 ツーツーツーツー

という感じですかね。レンガの積み方には、イギリス積みとかフランドル積みとか、国際色豊な名前がつけられてます。小口ばかりが表面を向いてるのは「小口積み」ともいうけど、ドイツ積みとも呼びます。なのに、長手積みは長手積み。どうでもいいですか?

 

こんな近くにレンガ積みの建物が、ありました。レンガの家だから、狼が来ても大丈夫。

 

今はもう、この前の堀川で荷物を積み下ろしをすることはありません。台風10号が変えてしまった風景というと、言い過ぎやけど。

 

そんなこんなで、いろんなものやいろんなことを犠牲にして水害に強くなった高知市ですが、それでも油断はなりません。台風10号と聞くと、身が引き締まる。この週末、台風10号には気を付けたいと思います。


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