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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

×で埋まる日〔6527〕2021/02/27

×で埋まる日

2021年2月27日(土)晴れ

今、高知と東京を結ぶ飛行機って、どうなってるかご存知ですか?

なんと、JAL1往復、ANA2往復。それだけ。それで全部。もちろんコロナの影響やけど、これってすごいと思います。このコロナ社会になって、去年の春に緊急事態宣言となりました。そのGW期間中に、新聞の空席状況欄、紹介してますね。その頃の高知羽田は、ANA1往復、JAL1往復か2往復。今と、ほとんど一緒でした。GWやのにね。

で、県境を跨いだ移動自粛が緩和された6月になると、JAL3往復、ANA2往復に増えて、なんとなくあのままコロナも収束に向かっていくのではないかという根拠のない期待をしてましたよねー。儚い夢やったけど。

そして再びコロナは猛威を振るい、現在はJAL1往復、ANA2往復。その予約状況は、こんな感じで白丸だらけ。右側が今朝の高知新聞、予約状況欄。

 

でね。以前にもご紹介した1970年と1981年の時刻表。左側、上段が1981年12月、下段が1970年10月yの時刻表、飛行機のページ。僕の宝物時刻表で、当時の高知羽田を今一度確認してみると、1981年、僕が東京で大学生をやってた頃は、4往復。もちろん全部、全日空ね。あの当時日本航空は国際線、というイメージでしたもの。この4往復は、定員60人のYS-11だから、現在の3分の1くらいで、つまり現在の飛行機の大きさでいうと4/3往復くらいが、高知と東京を飛行機で移動してた交流人口だった訳だ。

 

1970年に遡ると、なんと1往復。60人乗りが1往復というのが、あの万博が開催された年の、高知東京飛行機移動交流人口。それから11年で4倍になってる訳で、社会の変化スピードが、すごいねー。

で、コロナ前の状況では、定員が194人のANAが5往復。定員165人のJALも5往復だから、僕が働き始めてからの増加スピードも、すごい。成田へはJet Starが飛ぶようになったし。大学生だったのは、ついこないだみたいな気がするのに、そんなに変わった高知東京。まあ、40年経ちますきんね。

 

一昨年、つまりコロナ前の夏、よさこいの頃に、羽田高知の飛行機機内で、にっこりひまわり書いてます。まだ、世の中がこんなになるとは夢にも思ってなかった夏。JALもANAも5往復全部満席で、オーバーブッキングしてた夏。

前日土曜日、JALの最終便を予約してた僕でしたが、その便に3名分のオーバーブッキングが発生、翌日が日曜で急いでなかった僕は真っ先に手を挙げ、翌朝の飛行機に変更してもらったのでした。JALさんが手配してくれたホテルにタダで泊まり、金一封をいただいて、朝の一便で帰った夏。

今だったら、一日一便、羽田空港9:35発しかないので、オーバーブッキングして後の便になるのに応募したら、翌日の9:35発に変更になるんでしょうかね。それはね。ちょっとね。困るね。

 

コロナが終息して、交流人口がまた元に戻るのか、また増えていく傾向になるのかは、謎。予想も予測もできません。リモートで済ますことができる仕事も多いことがわかってしまった今、人々の行動様式がどうなるのでしょうか。簡単には戻らないという人も居るし、リモートはリモートとして、人は行きたがる、移動したらる習性なので、戻る、という人も、居ます。反動で増える、という意見も無い訳では、ない。

でもまあ、戻るにしても、ちと、時間はかかるのは間違いなさそうやけど。

 

この右側、高知新聞の予約状況欄が×で埋まる日がやってきたら、また、このにっこりでご紹介します。


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