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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

1964年の東海道本線〔6694〕2021/08/13

1964年の東海道本線

2021年8月13日(金)雨

せっかくペルセウス座流星群が見頃やのに、生憎のお天気。よく降ります。せっかくのお盆やのにね。まあ、仕方ない。地球のすること。

 

一昨日、リニアが開業しても僕は新幹線に乗る、という話書きました。できれば食堂車を復活してもらって。富士山や浜名湖眺めながら、食堂車でビール飲みながら。

では、新幹線が夢の超特急だった時代は、どのように訪れたのか。

 

それこそ一昨日ご紹介した、東海道新幹線開業直前、1964年9月の時刻表復刻版を見てみました。見てみるのは、東海道線。新幹線がない時代の、東海道線は、どんなダイヤでどんな列車が走っていたのか。所要時間は。

 

もちろん夜の時間は、夥しい数の寝台列車が走ってます。でもそれは、新幹線開業した後も、僕らが若い時代もある程度続いてたこと。でも昼間の時間帯の列車が、全然違いますねー。

これ見ると、いろんな行き先の特急や急行が、たくさんたくさんたくさんたくさん。

 

大阪行き「第1こだま」、名古屋行き「東海」、大阪行き「ひびき」、宇野行き「第1富士」、大阪行き「六甲」、広島行き「第1つばめ」、広島行き「宮島」、西鹿児島行き「桜島」、大阪行き「なにわ」、鹿児島行き「霧島」、長崎行き「雲仙」、大阪行き「はと」などなどなどなど。

たくさんの特急や急行、準急が西へ西へと走っております。

 

東京大阪間には夥しい特急や急行、準急。東京13:00発の特急「はと」は、大阪19:30着。6時間半。一番速い特急が、東京大阪を6時間半だ。新幹線開業時は、東京新大阪を3時間10分やったと記憶するので、いかに新幹線が夢の超特急だったのか、わかるねー。

で、特急とか気の利いた急行とかには、食堂車やビュッフェ、場合によっては展望車までついてたりします。が、例えば東京発西鹿児島行きの急行「霧島」には、なんにも付いてません。座席だけ。東京を9:18に発車した「霧島」が終点の西鹿児島に着くのは、翌日の12:33。なんと、27時間15分だ。寝台車なし、食堂車もビュッフェもなし。すごい。

これ乗って東京から鹿児島まで乗る人は、なかなかの猛者やね。

 

まあ、当時は駅弁売りが主要駅のホームに居て、客車の窓から買えたりしたから、それを楽しみに27時間過ごしてたのかも知れません。知らんけど。このページの右欄外に「特殊弁当」というのが書かれてますね。

大船・藤沢・国府津・小田原・湯河原・熱海ーあじ押ずし(100円)

東京ーチキン弁当・ボックスランチ(各200円)

横浜ーシウマイ弁当(150円)焼めし(150円)

 

まあ、この時刻表眺めたらわかるけど、昔の人は長距離長時間、汽車に乗るのは当たり前。東京大阪の6時間半を、速い速いと喜んでいた訳なので。

新幹線がいろんなところにできて、その辺の感覚が随分と変わってきた気がするニッポン人。「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く」という標語があったのはいつ頃だったろう。

 

地学的見地から見たリニア新幹線の課題の話は、また、いつかやってみたいけど、取り敢えずはスピードの話。今、東京新大阪は、のぞみに乗ると2時間22分。リニアが完成すると1時間7分。この1時間15分差をどう考えるか、という問題やね。乗客1人を1km運ぶのにかかる消費電力を計算すると、リニアは新幹線の3.5倍。超音速旅客機コンコルドを思い出す。

 

そんなこと思いながら時刻表を眺めておったら、若い女性社員さんから「時刻表をそんなにじっくり読み込んでる人、初めて見ました」と言われたのでした。今は少なくなったかも知れんけど、世の中には存在するんだよ。僕みたいな人。知らんかった?


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