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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

土電会館の歴史〔7245〕2023/02/15

土電会館の歴史

2023年2月15日(水)晴れ!

手元に、「百貨店の戦後史ー全国老舗デパートの黄金時代」という本があります。この1月30日に発行されたばかりの新刊書。その帯に書かれている文章は、これ。

「地元に愛され隆盛を誇ったものの今は消えてしまった全国各地の老舗デパートについて徹底取材。関係者の証言や当時の新聞記事などをつぶさに取り上げつつ、そのドラマチックな興亡の歩みを戦後の世相とともにあぶりだすノンフィクション。」

そして、取り上げられた今はなき百貨店の中に、僕らの「とでん西武」があるのでした。それにしてもよく調べてます。関係者への取材から、古い新聞記事から。写真に写っているポスターで、その写真が撮られた時期を特定したりして。

 

で、土電会館からとでん西武、高知西武となって閉店になるまでの歴史が、よくわかりました。

どうやら、1954年頃から、土佐電鉄の多角経営の一環として構想が始まっていたようです。よさこい祭りが始まる頃やね。1955年に「土電ビル建設調査委員会」が設置され、バスターミナルを併設した多機能ビルの建設が検討されていくんですね。そして1958年3月19日、オープン。

映画館、バスターミナル、遊園地、ホテル、レストラン、そして百貨店。なかなかの「複合商業施設」でした。その後ホテルやホールはなくなり、売り場面積が拡張して百貨店としての立場が確立していったのでした。高知大丸との競合のなか、西武百貨店と資本提携して「とでん西武」となり、大丸に肉薄する売上と賑わいを見せていたのがバブルの頃。

大丸に比べて、若者に支持されるデパートやったと思います。外商にも力を入れてて、当時、とでん西武の外商から、弊社の事務員さんの制服を購入したこと、覚えてます。

 

その後、バブルが崩壊して徐々に売上を落とし、2000年にイオン高知ができたことで存続が難しくなって2002年12月に、閉店。

閉店後もバスターミナル2005年11月まで残っていたけど、それもなくなり、翌月から解体が始まったのでした。その頃のことは、このにっこりでも紹介してます。今となっては貴重なアーカイブ。

 

そこで紹介しているバスターミナルの写真を、この「百貨店の戦後史ー全国老舗デパートの黄金時代」の著者、夫馬信一さんが見つけて、小生に、使用についてのご連絡を頂くことになった訳です。そんなことで、その本を送って頂き、今、これを書いているのであります。

 

写真は、その解体の後に建てられたパチンコ屋さんの建物。土電会館、そしてとでん西武の姿形状に、似てます。が、パチンコ屋さん。

 

かつてここに複合商業施設がありました。屋上でも遊んだし、大食堂でも食べたし、レーシングカーもやったし、映画も観たし、バスにも乗った百貨店が、ありました。


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