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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

久々!雨の高知市〔3784〕2013/08/25

久々!雨の高知市

2013年8月25日(日)雨

ここに「雨」と書くがは、こじゃんと久し振りのような気がします。高知にとっては恵みの雨。しっかりと降ってもらいたいのは、高知県民の総意やないでしょうかねえ。
ここは高知市文化プラザかるぽーとの11階。ロビーの窓から、雨の高知市を撮影してみました。雨を、こんなに嬉しゅう感じることも、メッタにあるもんぢゃあございませんね。

向こうに見える小山が高知城。眼下の、電車通りがカーブしちゅうところが土佐橋。堀川を渡る橋であった土佐橋。堀川は、その手前、現在のバスターミナルになっちゅう所を流れよりました。堀詰から浦戸湾まで。川はまっすぐ流れ、堀川北岸を西進してきた道は、土佐橋で堀川を渡り、南岸を西へ進んで本丁筋となっちょった訳ですね。こうやって高い位置から眺めると、そんな、街の構造がよくわかります。土佐橋の右手のビルはNTT東局。その西にはりまや橋商店街。

はりまや橋商店街と言われてもピンと来んですよね。やっぱし中種。中種は、種崎町の中心部という意味。そして種崎町は、戦前から戦後にかけて、高知で一番の繁華街でありました。映画館もあり、飲食のお店などが立ち並んで賑やか賑やか。その頃、帯屋町は、病院などが多い街。城下町の、武士が住むエリアであった流れを汲んで、明治になっても、しゅっと繁華街にはならんかった訳です。

藩政期から、下町として、賑わいを見せちょった種崎町界隈が、戦後しばらくまで、やはり高知の繁華街として栄えちょった訳ですね。
戦後の都市計画や、ヒトの流れの変化によって、繁華街は大丸を中心とした帯屋町の方へと移っていったがはご承知の通り。大橋通りには、戦前から公設市場がつくられ、いち早く庶民の台所として賑わいを見せちょったので、大丸と大橋通を結ぶエリアから、徐々に病院も姿を消し、賑やかな商店街として発展していったがでしょうか。

そう言えば、小生小学生の頃、帯屋町2丁目、現在ダイエー跡地になっちゅう場所には町田病院さんがありました。大きな病院。病院エリアであった名残が、まだ、あった時代。その病院の後にショッパーズができ、そしてダイエーになって、商店街として発展した時代もありました。
しかし、今、繁華の中心は市内北部のイオン界隈に。街の姿はどんどんと変わっていきますね。

この眼下、NTT東局の場所に、昔、百貨店か何か、大きな商業施設ができる、という話が持ち上がったことがあったそうです。が、中種の商店街の反対で、取りやめになったとも聞きます。今になってみると、どうした方が良かったのか。いあや、もしできちょっても、今の高知の中心部にとってはメッソ影響なかったがかも知れん、とも思えます。
雨の高知市を眺めながら、まちづくり、都市計画はホントに難しいものであると、実感しよります。雨やき、こんなこと考えるがでしょうかね。


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