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高知市歌と平城山〔4806〕2016/06/12

高知市歌と平城山

2016年6月12日(日)雨

雨。梅雨入りしてから、初めてのちゃんとした雨の1日。梅雨に雨は必要で、農作物にとっては降らんといかんのですが、別に、日曜だっけ降らいでもカマんでしょうにね。雨の日曜市は、少しだっけ寂しそう。

そんな、雨の日曜市の西端から北へ行くと、お城の北東に、高知城ホールという施設がある。今日は、そこで、高知市町内会連合会の総会。第29回総会。つまり、平成になる直前、高知市町内会連合会ができたことに、なります。
町内会というコミュニティは、来るべき大震災に際して、とんでもなく大切な機能が求められています。これはもう、間違いない。
高知市という都市部で、地域の紐帯をどこまで強く結びつけることができるのか。新潟県中越地震で、全村避難を敢行し、そのものすごいリダーシップで被災を乗り越えた旧山古志村の長島元村長さんの話をこないだ聞きましたが、震災直後も、復興期も、地域の結びつきほど重要なものは、ない、と確言しておられました。

高知市には「高知市歌」というのが、あります。
高知市民で、この歌のメロディーを覚えている人は、どれっぱあ居るのかな。歌詞を4番までソラで歌える人は、二桁人数いるでしょうか。
僕は、中学生の頃から、毎年県民体育館で開催される高知市主催の成人式に、楽団員として参加していたので、メロディ、若い頃から知ってます。

このメロディ、平井康三郎先生作曲だったんだ。私の母校、校歌は弘田龍太郎先生作曲で、応援歌は平井康三郎先生の作曲。なんという贅沢な学校なんでしょう。

で、作詞は、ここに書いちゃあるように、重松富士さん。う〜ん。有名な作詞家という訳ではないと、思いますが、なかなかに良い歌詞だとは、思います。
そこで、調べてみました。

この高知市歌は、昭和23年、市民から歌詞を公募し、平井康三郎先生が曲をつけて出来上がったものにかありません。重松さん、僕は知らんはずだ。

平井康三郎先生の代表作と言えば、平城山。ならやま。高校の音楽の授業で歌うた記憶がありますな。
平城山のあの美しいメロディは、高知県伊野町出身の、平井康三郎さんの手によるもの。
そして、あの美しい歌詞は。
高知県宿毛市出身の歌人、北見志保子さんによって書かれたもの。
このにっこりでも、以前、書いたことがあります。

北見志保子さんは、歌人橋田東声と結婚するも、東声の弟子、浜忠次郎と、燃えるような恋に落ちてしまう。自分よりも12歳、年下の男。
で、浜忠次郎は、強制的にフランス留学をさせられて、しまう。引き離すために。

1 人恋ふは悲しきものと 平城山(ならやま)に もとほり来つつ たえ難(がた)かりき
2 古(いにし)へも夫(つま)に恋ひつつ 越へしとふ 平城山の路に 涙おとしぬ

この、美しい平城山の、歌詞。
これは、磐之媛が、夫である仁徳天皇に寄せる思いに、自分の、燃えるような恋の思いを重ね合わせて詠んだ歌、というのが正しい解釈にかありません。そんな、燃えるような歌だったんだ。

平城山。

昭和10年。平井康三郎さんは、この美しい歌に、美しいメロディをつけることに成功しました。高知市歌にメロディをつける、13年前のこと。

 


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