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深渕の半四は、ここに〔5876〕2019/05/18

深渕の半四は、ここに

2019年5月18日(土)薄曇り

昨夜は、日高村の日下で、お客様と飲んでました。おいしいカツオ。チチコ。色々食べながら。で、高知行きの最終の各駅停車で帰ってきました。面白い汽車。酔っ払いなのか疲れてるのか、汽車のベンチシートで爆睡するおんちゃん。それも、車両の先頭の方と後方に一人づつ。都会の最終電車とはまったく違う長閑で高知っぽい風景を楽しみながら帰った、最終列車の旅。良い夜でした。

 

さて。今年2月23日に、僕は野市から戸板島、そしてながおか温泉までのRUNをやってます。こんな感じで、深渕神社の変遷を調べながらのRUN。その時、洪積台地の坂上にある深渕公民館とその界隈もたつくりました。古い暮石やら石造りの坐像やらが鎮座し、古い古い雰囲気を醸し出している、場所。かつて、お寺さんがあった場所ですね。

 

その公民館の前に古い古いお墓と、朽ちて倒れた説明板がありました。その時は、まったくもって深く考えなかった、説明板に書かれた人物。うっかりと通り過ぎてた。文字も消えかかってたし。しかし、ある資料をオーテピアで見てて突然閃いたのである。あれは、「深渕の半四」だ。

 

「深渕の半四」については、このにっこりでも幾度かご紹介してきました。野市、深渕に住んでいたという「どくれの半四」。

どんな伝説があるかと言うと、安田の神峯参りへ行きたいと主人に言うたときの話

畑仕事で弁当を鍬の柄にくくりつけちょった話。

長い長い草鞋の話。

特大野糞の話。

戸板島の名前の由来も、半四が関わっておる。

などなどね。この「深渕の半四」、実在した人物であることは知ってました。でも、ちゃんとお墓まで残っていたとは。

 

そう。ここに今も眠っている、「深渕の半四」。どくれの半四。

土佐には、「どくれ」「とっぽうこき」「てんくろう」などといった魅力的な人物の話がたくさん伝わってます。てんくろうの泰作さんなんかが有名。だけども、ほとんどのそういった人物は、藩政期後期から明治にかけてくらいの時代を生きた人たち。ところが「深渕の半四」は、古い。野中兼山の時代というから藩政期の初期も初期。潮江に生まれ、母の実家がある野市、深渕へ。荒れ野であった土地が兼山によって灌漑され、そこに百人衆と呼ばれた郷士が住んで、市が立つような賑わいを見せるようになる訳だけども、その郷士の一人、横山家の作男になった、「深渕の半四」。本名水口半四郎。

 

「どくれ」ではあるけど、働き者の大男であったという「深渕の半四」のお墓の写真。向かって左が、水口半四郎さんの墓で、右側がそのお母さんと言います。もう、文字は風化して見えにくいけど。

 

ここは野市町の史跡。なんだけども、説明板は朽ちて倒れ、今はもう、「深渕の半四」のことを知る人は、少ない。土佐には、今も、「深渕の半四」みたいな「どくれ」のおんちゃん、おります。少なくなったけどね。「どくれ」も「とっぽうこき」も「てんくろう」も、絶滅危惧種の希少生物になってしまった、現代。

 

そんな時代になったからこそ、なんとか、子供の代へと伝えていきたい「深渕の半四」。


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