天空の牧場〔6176〕2020/03/13
2020年3月13日(金)快晴!
パンデミックだそう。株価は暴落し、経済にも深刻な影響が出ている新型コロナ。地球は、大自然は、時にこうやって人類を試すようなことをしでかします。
パンデミックと言われてもパニックにならないこと。できることを粛々とやりながら、冷静に過ごす。パンデミックとパニックは語感が似てるけど、違うのである。
そんな中、こないだから書いてきてるように、学校給食休止で影響を受ける酪農さんを助けよう、と、量販店を中心に、今こそ牛乳飲みましょう、という活動が広まってきてます。
飲んでばっかりだと大変なので、昨日ご紹介したみたいに、牛乳を使った料理やお菓子などを作る動きも、広まってきてるみたいです。ありがたいこと。ありがたいこと。
ところで。
ウィルス、ウィルス、と言うけど、思い出してみたら、昔はウィルスじゃなかった。僕らが子供の頃は「ビールス」と呼んでた。ビールスだったですよね、確か。そうそう。ビールス。
「くしゃみしたら風邪のビールスがうつるき、マスクしちょかんといかん」と言うておった記憶。その頃のマスクは白い布製で、立体も何もあったものではない、平べったいやつ。洗濯して、幾度も使ってました。
あの紫色のシールを使った蟯虫検査が行われてて、肩には種痘の痕があって、ツベルクリン反応陽性でBCG。
ネットで調べると、種痘の痕があるのは昭和49年以前生まれの人なんだそう。BCGの痕って最近あんまし見んけど、今はどうなってるんですかね。
あの蟯虫検査、知らんかったけど、義務化が廃止されたのは2016年4月からなんだそう。それまでは義務でやってたのか。
昔は人糞を使った下肥が一般的だったので、結構、蟯虫検査で陽性になる人、居ました。
僕のように学校で落ち着きのない少年は、先生から、「ザーザコザーザコしなさんな。蟯虫がおるがやないかね!」などと、今だったら大変な問題になりそうな温かい言葉で叱られたものでした。
で、ビールスの話。ビールスがウィルスになったのはいつ頃からなんだろう。基本Virusだから、どちらにも読める。ドイツ語だとヴィールスなので、日本ではヴィールスとかビールスとか呼んでたんでしょうな。知らんけど。ラテン語読みがウィルス。だからウィルスになったんでしょうかね。知らんけど。
でも、確かに僕らが子供の頃は、ビールスでした。どうでもいいですか?この新型コロナ騒動の最中に。
その、僕らがウィルスをビールスと呼んでた時代、朝倉に酪農家さんがおりました。陸軍歩兵第四十四聯隊の南にあった練兵場の、跡地。
練兵場の跡地へ入植した人々の中に、矢野さんという酪農家さんが居たのであります。この場所。まだ周辺には田畑が多かった。
しかし、徐々に宅地化が進み、民家が増えてくるにしたがって、酪農業を拡大しにくくなってきたので、矢野さんは考えた。住宅地が近くにない、広い場所で牧場をやろう。
そんな訳で、昭和46年、矢野さんは本山町の山の上を開拓し、牧場を営むことになったのでした。黒松牧場。
標高800m近い、天空の牧場。ここ。今朝行ってみると、眼下に幻想的な雲海が広がってました。まさしく天空の牧場。
ここでは、自由に飼えるし規模拡大もできるので、今では県下で2番目に規模の大きい酪農家さんになりました。
そしてそんな中、高知の牛乳業界では、ちょっとした動きがあります。
まだ、ちょっと申し上げられないのですが、4月から、ちょっとした動きがあります。黒松牧場さんの生乳も関わる動きなので、ご期待ください。まだ、言えんけど。
黒松牧場へ上がっていく道の脇に、「黒松牧場」と刻まれた黒い大きな石柱が立てられてます。その石の側面に刻まれているのは「草萌ゆる 日をたのしみに 開梱す」という美しい文字。
草萌ゆる季節が、近づいてきました。