大宝律令慣れはじめ〔8182〕2025/09/09

2025年9月9日(火)晴れ!
大宝律令慣れはじめ。
日本で最初の本格的律令と言われる「大宝律令」が完成したのが、701年9月9日(大宝元年八月三日)であるとウィキに書いてます。1324年前の、今日。この律令で、様々な中国風の制度が本格的に導入され、役所関係の名称も中国風に変わったとされます。
地方行政組織である「評」は「郡」に。
ここは若宮ノ東遺跡。近年の発掘成果で、ここに評衙があったことは間違いなさそうやけど、大宝律令によって、その評衙も郡衙になったのでありましょう。
大宝律令慣れはじめ。701年に制定された大宝律令の701年を覚えるのに、小学校の時の小林塾の先生は、この語呂合わせで教えてくれました。いろいろあったねー、語呂合わせで覚えるの。
「鳴くよ鶯平安京」とか、「何と美しい平城京」とか「いい国作ろう鎌倉幕府」は全国規模で使われた語呂合わせでしょうが、小林先生は、独自の語呂合わせを色々と編み出してました。ほとんど忘れたけど。
僕にも、自分で編み出した語呂合わせ、いくつかありました。その中で代表的なのが日露戦争。
「いくぜよ」で覚えた日露戦争開戦1904年でした。で、その10年前が日清戦争で、10年後が第一次世界大戦、と覚えたことでした。半世紀以上前のこと。
小林先生は、こういった「年」だけではなくて、他にも語呂合わせを編み出し、教えてくれました。今でも覚えているのは南米の国名と首都。
「ベネスエラさんがカラカサさして、コロンでボゴタ。エキでペリーさんに会った。ボラ釣りに行ってたそうだ。アブラがあって、ウモーない。パアパアブラブラガジガジ。」
すごいでしょ?今でも覚えてます。南米の首都だけには詳しかった、僕。
ベネズエラ(カラカス)、コロンビア(ボゴタ)、エクアドル(キト)、ペルー(リマ)、ボリビア(ラパス)、アルゼンチン(ブエノスアイレス)、ウルグアイ(モンテビデオ)、パラグアイ(アスンシオン)、ブラジル(ブラジリア)、ガイアナ(ジョージタウン)。
今でもソラで言えるのは、小林先生のお蔭だ。
この若宮ノ東遺跡、評衙があった場所で発掘された土器片は、大きな衝撃でした。「何不」などと書かれたらしい土器片。2世紀末から3世紀初めにかけてのもので、今まで国内で発見されていた最古の文字列を遥かに遡る文字列の可能性が、高い。この土佐で。この場所で。
弥生時代の土佐は、今、僕らが土佐に抱いているイメージの辺境の国ではなかったのかも知れません。
しかしまあ、ここにあった評衙跡も、日本最古の文字列が刻まれているかも知れない土器片が出土した場所も、実にあっさりと道路や民家になってしまうのね。
さて。大宝律令によって確立したとされる日本の律令制度。その整備が始まったのは、大化の改新からと言われてます。中大兄皇子や中臣鎌足によって始められた大化の改新。
僕らは「蒸し米供う、改新日」と覚えました。645年。
しかし。行政改革である大化の改新はですね、その翌年646年くらいから始まってます。「改新の詔」が出されたのは646年。645年は、その中大兄皇子や中臣鎌足が蘇我入鹿らを宮中にて殺害し、蘇我氏を滅ぼした「乙巳の変」だ。いっしの変。
だから、「蒸し米供う、改新日」ではなくて、「蒸し米食べて、イッシッシ」と覚えるのが、正しい。