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赤鬼山、神奈備山、三輪山、朝倉宮〔4087〕2014/06/24

赤鬼山、神奈備山、三輪山、朝倉宮

2014年6月24日(火)晴れ

今朝は晴れ。雨上がりの緑が美しい朝。昨夜、宴会から家に帰り着いた直後、激しい雷雨になりました。ギリギリセーフ。濡れませんでした。昨夜は結構降ったにかありませんが、今朝は青空が広がり、心地良いお天気。

午前中、朝倉の高知大学本部に用事がございました。ので、少し早めに朝倉。この写真は、車の窓から撮影した赤鬼山。ご存知、朝倉神社のご神体山。なんという美しい、典型的な神奈備山でしょう。

こないだ、奈良、山の辺の道界隈をたつくりました。日本最古の道、と言われる、大和朝廷黎明期に栄えた界隈を結ぶ道。纒向遺跡や箸墓古墳のある里。その道は、三輪山の西麓を通る道。
三輪山。
大神(おおみわ)神社さんが麓に鎮座。その神社には本殿はなく、山そのものがご神体。ひもろぎ。その神聖な山に登拝してきました。山頂や山腹には巨岩の磐座。太古の、今の日本の神道や神話が成立する以前の、純朴な自然崇拝の聖地。三輪山。

高知市朝倉の赤鬼山。朝倉神社さんのご神体山。この見事な形状は、実に、三輪山に似いちょります。古来、日本では、このような形状の優しい山を神奈備山として、各地で崇拝してきました。太古の信仰が、今に残る姿かも知れません。
朝倉神社は、太古の、この赤鬼山への信仰が今に伝わる神社。
今朝、お参りしてきました、拝殿の軒下に掲げられちゅう説明板を読みますと、その謂われがわかります。途中の部分をご紹介しちょきましょう。

(前略)上古、社の御山は開発の神である天津羽羽神のヒモロギ(神体山)として御山全体を崇教の対象として畏敬せられ、やがて文化に伴い、朝日さす南東の麓より拝むべく、現在の所に社殿を建てられたので、此の赤鬼山こそ古代宗教の名残りで、県指定の史跡地で、西南隅麓の古墳と共にゆるがせに出来ない土地柄であります。天津羽羽神は古代より此処に鎮座まします国中稀な古社で、後の世の遷座とか御分神とかではなく、極めて深い由緒をもち、土佐の国風土記や、日本書紀等の古典にも載せられ(後略)

これを読んだだけでも、この山が古い信仰の神体山であることがよく解ります。
朝倉神社には、斉明天皇の伝説も残ります。斉明6年、百済を助けるために新羅を討つべく、斉明天皇は西へ向かいました。そして斉明7年(661年)、朝倉橘広庭宮に遷宮したのでありますが、神社の木を伐採したのに神が怒り、雷が落ちて宮は破壊。悪い事が続き、斉明天皇は朝倉宮で崩御、という話はご存知ですよね。その朝倉宮、一般には筑紫の朝倉宮なのであります。が、この、高知の朝倉神社にも、斉明天皇が行幸、という伝説。
そしてご神体山は赤鬼山。
斉明天皇は、朝倉宮で崩御し、喪の儀式が執り行われました。その時。

是の夕に、朝倉山の上に、鬼有りて大笠を着て、喪の儀を臨み視る。衆、皆嗟怪ぶ。

そう。宮の背後の山の上に鬼が現れて、その葬式を空から見よった、という話。
高知の朝倉神社の背後のご神体山は、赤鬼山。中央政権にまつわる神話や伝説が、高知の伝説に絡み合います。不思議な山、赤鬼山。
以前にもご紹介したことのある古墳は、このご神体山の信仰と、深い関係があったのでしょうか。

奈良の神体山、三輪山は、かつては禁足地であったようですが、今は決まり事さえ守れば登拝できるようになっちょります。どうやら、この赤鬼山も、朝倉神社さんの許しがあれば登拝できるがにかありません。神の山。神聖な神奈備山ですので、安易な気持ちでは登れません。一度、厳粛な気持ちで、登拝してみたいと思いよります。


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