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土讃線のトンネルとジョン・ヘンリー〔4797〕2016/06/03

土讃線のトンネルとジョン・ヘンリー

2016年6月3日(金)晴れ

今日も良いお天気。
お昼前から汽車に乗って本州方面へ、おでかけ。特急南風の自由席、一番前の席が空いちょりましたので、そこに座りました。お前は鉄っちゃんか?

そう。小学生の頃は、いわゆる時刻表マニアでした。汽車に乗ったり、汽車の窓から景色を眺めたりするのは、昔から好きなんですね。特に先頭車両から前を眺めるのは堪えられません。て、お前は何歳だ?

そんな訳で、写真は、土佐山田駅と新改駅の間。土讃線の中でも、僕が一番好きな区間。山の中を一生懸命登ってゆく、土讃線のヂーゼルカー。

土讃線が開通し、琴平から阿波池田、そして豊永、大杉を通って高知まで全通したのは昭和10年だ。しかし、土佐山田駅と角茂谷駅の間は、なんと、昭和5年に開通しちょります。そんなに前か。
その際に作られた土讃線のルートは、戦後になって、土砂崩壊危険区間とかにはトンネルが掘られたりして、今は違うルートになっちゅう場所もあります。土佐北川駅と大杉駅の間とか、土佐穴内駅太田口駅の間とか、土佐岩原駅と大歩危駅の間とか。
しかし、ここ、土佐山田駅と新改駅の間の、土讃線でも一番のクネクネ区間は、昭和5年に開業したときのまんま。同じ、ルート。

つまり。
そんな時代に、こんな厳しい山中、鉄道を敷設するという大事業が行われておった訳だ。いや、すごい。新改駅は、鉄道マニア垂涎のスイッチバック駅。それっぱあ、スペースがない山中。

昭和5年からいうと、今年は86年目。その長い歳月、補修とかも行われてきたでしょうが、この写真に写るトンネルは、元々のつくりをそのまま残しているのではないか。いや、たぶん、そう。
当時、難工事でつくられたトンネルなので、その後、電化工事ができるスペースがある訳も、ない。まあ、いいですけどね、風情があって。

トンネル工事で思い出すのは、ジョン・ヘンリーでしょう。
子供の頃、母が好きだった歌手、佐良直美さんのLPレコードに、ジョン・ヘンリーが出てくる歌がありまして、今でも強烈に覚えちょります。
子供の頃は、ジョン・ヘンリー、いったいこったいどこの誰だ?てな感じでしたが、大人になって、調べてみました。

アメリカでは、多くの小説とか歌とかに出てくる、黒人労働者の英雄。実在したのかどうかは、今も議論がわかれるところだが、とにかく伝説の英雄。

どんな英雄かといえば、ちょっと、わかりにくい。肉体労働階級の重要なシンボル。労働運動から見ると、従業員の雇用や健康よりも効率を重視したがための犠牲者、みたいな位置づけでも、ある。

とにかく、ハンマーで、トンネルを掘ることにかけては、誰よりも見事な働きをした、という英雄。生まれは坂本龍馬と同じくらいの時期だ。つまり、働き始めた頃は、技術革新によって蒸気機関がどんどんと普及していた。蒸気船が日本までやってくるぐらいですきに。
で、鉄道工事に蒸気機関が導入され、トンネルも、蒸気ドリルで掘られるようになる。

そこで。
ジョン・ヘンリーは、蒸気ドリルに戦いを挑んだのでありました。そして、なんと、蒸気ドリルに勝利する、ジョン・ヘンリーのハンマー。
しかし、無理がたたって、そのまま死んでしまったジョン・ヘンリー。という、伝説。

子供の頃聞いた歌も、そんな内容でした。
その歌では、蒸気ドリルではなくて電気ドリルになっちょったような気もするが、今となっては確かめようも、ない。

この土讃線のトンネル。どうやって掘ったのだろうか。昭和の初めに。
こんな山の中に重機を持ち込むのは大変で、やはり、かなりの部分は手作業であったのではないか。いや、たぶん、そう。
その作業には、土佐のジョン・ヘンリーみたいな、すごい男が居たのかも知れない。


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