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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

高知新聞の星ヶ窪〔5892〕2019/06/03

高知新聞の星ヶ窪

2019年6月3日(月)晴れ

さっきまで。出勤した4時前くらいまでは、まだ降ってましたが、夜明けとともに晴れてきました。梅雨入りはまだみたい。暑くなりそうな気配。善き哉善き哉。

 

高知新聞は、時々、すごく興味深い連載をやります。今日から始まったこの連載も、面白そう。「土佐鳥瞰紀行」。ドローン技術が発達して、手軽に空からの撮影ができるようになったこのご時世を反映しての企画ですよね。ついこないだまでは、セスナとかラジコンヘリとか、ハードルが高かった。早速のこんな企画連載は嬉しいね。

 

で、連載第一回目の今日は、星ヶ窪だ。なるほど。

星ヶ窪については、2017年1月7日のにっこりにて、結構詳しく書いてます。草競馬のメッカだった星ヶ窪へ愛媛県流通懇話会の帰りがけに寄って、撮影してきたもの。草競馬がとっても盛んだった高知県内には、各所に草競馬の痕跡が残るけど、星ヶ窪の痕跡は見事。往時の馬場がそのまんま残り、今にも観衆の大歓声が聞こえてきそう。そんな星ヶ窪を、空から撮影したらこうなるのか。

 

ここに、こんな山の上に、山中の集落からでもかなり上がった山頂に、1万人もの観客を集めたという星ヶ窪の草競馬。2017年1月時点だと、NHK高知放送局が見つけた古い草競馬の映像を見ることができたけど、今はもう、見れない。あれはなかなかすごい映像でした。

 

今朝の記事にも書いてますが、星ヶ窪という地名は、ここが、隕石が落ちてきてできた広い窪地だから、と言われてます。確かに、何故か山頂が窪んでて池がある風景は、不思議。もし隕石によってできた地形であるならば、隕石のおかげで草競馬場ができ、隕石のおかげでたくさんの観衆が集まった、とうことになります。

 

Googleマップで見ると、こう

地理院地図で見たら、こう。1970年代の航空写真がこれで、ほとんど風景も変わってません。すこし引いて、地図の表示を見てみよう。こんな感じ

現在は仁淀川町長者の集落が、北西の山裾に広がります。寺野という地区は、元々はここではなかったそう。明治19年9月10日の暴風雨で大規模な地滑りが発生、当時の寺野集落は壊滅してしまったそうです。そこで40戸200人の住人は、南の平を拓いて宅地とし、全戸移住し、現在の寺野となった、と、角川日本地名大辞典に書いてます。なかなか大変な歴史。

 

長者は、以前は仁淀村長者で、仁淀村になる昭和29年までは長者村。

長者という地名、なかなか魅力的な地名。昔、阿波国の富豪、水舟某が竹谷にきて居住したけど、その栄華を極めた生活を見た地元の人たちがそれを「長者屋敷」と読んだことに由来するらしい、と、これも角川日本地名大辞典に書いてました。少し羨望がはいった地名だったのか。地検帳を見ると、その農業生産の主力は切畑。つまり焼畑。ここで暮らす農民は長者ではなくて、そんなに豊かではなかったのかも知れません。

 

たぶん、明治期になっても経済的にはそんなに豊かではなかったけど、そんな中で盛大に開催されたのが草競馬。山中で暮らす人々にとって、草競馬は、とんでもなく重要なイベントだったんだろうと想像できます。それは、間違いない。草競馬のない長者村での暮らしは、考えられなかったのではないだろうか、くらいのね。

 

と、まあ、この新聞連載をみただけて想像妄想が膨らむ広がる。これからにも期待しましょう。

 

そんなこんなで月曜日。忙しい一週間が始まります。さあ。張り切って仕事仕事!


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